ストレンジャー

1996/05/29 ヤクルトホール(試写会)
レベッカ・デモーネイとアントニオ・バンデラス主演のサイコスリラー。
このラストシーンは誰にも話せない。隠れた佳作。by K. Hattori


 内容は流行りのサイコミステリーだが、この映画は予想外に面白かった。脅迫者の影におびえる女と、彼女の周囲にいる怪しい男たちという、古典的な人物配置もよい。物語の視点が常に主人公の一人称というのも、オールドファッションですね。じわじわ忍び寄る心理的な圧迫感と、要所要所にちりばめられたショック描写もいい塩梅。主人公を演じたレベッカ・デモーネイは主役として弱いけれど、脇に回ってにらみを効かせるアントニオ・バンデラスで映画としての華を演出しているし、殺人犯役のハリー・ディーン・スタントンがこれまた渋い魅力を振りまいている。僕は『セブン』や『コピーキャット』より何倍も楽しめました。

 犯人探しをテーマにしたミステリー映画というのは、観客に途中で犯人がばれてしまってはいけないし、かといってあまり突飛な犯人を持ってくるのも反則。犯人は物語に最初から登場している人物で、しかも観客の側には何度か犯人探しのためのヒントを与えておかなければならない。予想を裏切る犯人をラストで提示するためには、こうしたヒントなんてない方がいいんだけど、まるきりないのは許されないんですね。したがって物語の中では真犯人につながるヒントを出しつつ、他の登場人物も限りなく黒い灰色に塗りつぶして行く。観客の推理を撹乱する、迷彩作戦です。

 この映画ではこの迷彩作戦がじつにうまく組み立てられていて、僕には最後の最後まで結末が予想できなかった。デモーネイがなぜ脅迫されるのか、なぜ殺されかけねばならなかったのか。結末で明かされる答えにつながるヒントは、映画の中で何度も何度もあからさまに提示されるのに、観客を最後の最後にまで騙し通す手腕は見事です。

 宣伝がデモーネイとバンデラスのラブシーンを売りにして、なんだか小型の『氷の微笑』みたいな映画のような印象を与えるんですが、内容はだいぶ違う。もっと落ちついた印象の映画です。ラブシーン自体もそんなに扇情的なものじゃないしね。僕はヘンな先入観があったせいで音楽の甘ったるさが最初ずいぶんと気になったんですが、結果としてはこの映画にこの音楽は合っていたんじゃないでしょうか。

 登場人物も材料も出そろい、全ての秘密が観客の前に暴露されるクライマックスは、ショッキングと言うより悲痛です。誰も信じられない主人公の怒りのはけ口は、やはりああいう所に向けられるしかないのかなぁ。僕は主人公にすごく同情してしまいました。恐ろしさと悲しさと破滅が同居した、苦渋に満ちたネガティブな大団円です。

 映画の余韻もよかった。台詞の一言一言が、ヒリヒリするぐらい恐いのだ。映画の内容にぜんぜん期待していなかっただけに大満足でした。


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