ニック・オブ・タイム

1996/05/18 東劇
主人公に与えられた90分間を、観客も90分間で体験する映画。
ジョニー・デップとクリストファー・ウォーケンの対決。by K. Hattori


 ジョニー・デップ主演の巻き込まれ型スリラー。政治家暗殺を企てる悪党連中がたまたま目を付けた主人公の娘を誘拐し、「娘の命と州知事の命とどちらが大切かよく考えろ。娘の命を助けてほしければ知事を暗殺するんだ。制限時間は90分」と勝手に宣言するわけです。駆け引きもなにもありゃしない。主人公は押しつけられたルールに従って、与えられたゲームを戦うことになります。

 映画は主人公が列車でロサンゼルスに到着するところから始まりますが、ロサンゼルスの駅が登場するアメリカ映画は珍しいんじゃないでしょうか。主人公の乗る列車がロスに近づくに連れて、窓の外には不穏な風景が次々現れるくだりは、同じジョニー・デップ主演の映画『デッドマン』の冒頭を思い出させます。『デッドマン』は東部の会計士が西部の町に来て、思いがけずお尋ね者のガンマンになってしまう話ですけど、『ニック・オブ・タイム』は東部から来た税理士が、思いもかけずガンマンになることを強要される話。主人公ジーン・ワトソンは、ウィリアム・ブレイクの生まれ変わりか子孫だね。

 物語も作風も、ヒッチコック風の古典的スリラーの手法をなぞろうとしている映画です。オープニングタイトルに登場する時計の歯車と拳銃のコラージュも、タイトルの見せ方としては古風なスタイルですよね。この映画ではもうひとつ、映画の中の時間と映画の上映時間を一致させるという試みに挑戦していますが、これもヒッチコックをはじめ、多くの映画監督たちが挑んだ古典的なアイディアの再現です。こうした映画を今作る場合は、古典の枠の中にどれだけ新しい素材やアイディアを突っ込めるかがテーマになるはずなんだけど、この映画の場合はその部分がちょっと弱いように思える。結局、主演がジョニー・デップという部分以外に新しさが感じられないんだよね。

 巻き込まれ型スリラーでは、事件に巻き込まれた平凡な男が非凡な力を発揮するところに意味があるんだけど、デップは最後まで普通で、新しいヒーロー像を作り出せなかった。デップはヌメヌメとしたいわく言いがたい魅力を身にまとった若い俳優で、そうした魅力が過去に演じてきた少しエキセントリックな役柄に合っていたのだと思う。今回あえて「普通の男」にこだわったことは口にくわえた爪楊枝からも見て取れるんだけど、結果としてスクリーンに映っているのは、最後まで何の魅力もない平凡な男に過ぎないんだよね。

 悪役のクリストファー・ウォーケンはデップと同じくヌメヌメ系の役者だから、二人を並べるのは損。この役は明朗派ジーン・ハックマンに演じさせると、とんでもない悪党が登場しただろう。とにかく、全体にぴりっとしない映画だった。


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