クロッカーズ

1996/03/30 シャンテ・シネ1
圧倒的なデロイ・リンドの存在感の前にはカイテルの影もかすむ。
スパイク・リーの演出スタイルもこなれてきた。by K. Hattori



 骨太で見応えのある映画だ。メッセージは明快だがそれを声高に叫ぶことなく、全体としてはスリルに満ちた一級の娯楽映画に仕上がっている。スパイク・リー特有のタッチやセンスも健在だが、それが全面に出てうるさくなることはない。手業にコセコセしたところがなくなり、演出には余裕さえ感じられる。結果として、全体にクラシカルな風格さえ漂う映画に仕上がっているのは見事だ。

 今回は物語の語り手に白人刑事を持ってきたこともあり、アメリカの黒人が抱える問題点を時には少し醒めた目で突き放し、時には当事者の問題として生々しく見せることに成功している。それを象徴的に示しているのが、スパイク・リー自身の出演シーンだろう。黒人が麻薬に溺れ、互いが銃で殺しあう日常を、ただ見守ることしかできない男。それが今回リーが演じた路傍の男なのだ。オープニングに延々映し出される、道端で猫の死体のように横たわる黒人の射殺死体にも、スパイク・リーの無言の抗議が聞こえてくるようだった。

 映画はひとりの若い黒人が射殺されたことを巡る一種の群衆劇で、貧しい黒人街を舞台にさまざまな人間模様が交錯する。タイトルロールの筆頭にはハーヴェイ・カイテルの名前があがっているが、カイテル演ずるロッコ刑事もまた、この一連の事件を通して黒人達の境遇を目撃する人間に過ぎない。

 むしろこの映画の中で一番光っているのは、麻薬売買の元締めロドニーだろう。麻薬と殺人で真っ黒に汚れているかに見えて、一方では若い黒人に蓄財を説き、しつけの悪い子供達をしかり、彼らから父親のように慕われている男。ふたつの目が慈愛に満ちた光をたたえていたと思った次の瞬間、話していた相手の口に銃口をねじこんですごむ男。黒人街の抱える矛盾した状況が、そのまま人間の形をして歩いているような奴なのだ。

 そんなロドニーを演じたのは、つい先日観た『ブロークン・アロー』でも軍人役で登場していたデロイ・リンド。スパイク・リーの映画からは、過去にもウェズリー・スナイプス、デンゼル・ワシントン、サミュエル・L・ジャクソンなどがスターになっている。ローレンス・フィッシュバーン、ロージー・ペレス、ジョン・タトゥーロ、アナベラ・シオラなども、彼の映画から巣立っていった俳優です。デロイ・リンドも、これがきっかけになって売れっ子になって行くのではないでしょうか。

 大好きだった列車に、生まれ育った町を捨てるために乗った少年。彼が弟のように可愛がっていた男の子が、残された列車の模型で遊んでいる。走る列車の窓から少年が夕日を見つめるラストシーンには、なぜだか泣けてきた。カタルシスなきハッピーエンドが、もの悲しく胸にしみる傑作。


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