不滅の恋
ベートーヴェン

1996/01/31 ニュー東宝シネマ1
『蜘蛛女』『レオン』のゲイリー・オールドマンがベートーヴェンを熱演。
彼の遺産を相続する「永遠の恋人」の謎に迫る。by K. Hattori


 内容に取り立てて新鮮なところはないのだが、それでもそれなりに感動させられて、少なくとも入場料分ぐらいは取り返した気分になれる。何よりロケーションや衣装や美術がきちんとできていたことと、劇中に流れるベートーヴェンの音楽の素晴らしさゆえだろう。主役のゲイリー・オールドマンがベートーヴェン本人に似ているとは到底思えないのだが、それでも時折、かつて学校の音楽室で見たベートーヴェンの肖像画にうりふたつな表情を浮かべてみせるあたりは役者だ。最初に登場した瞬間の老けメイクは『ドラキュラ』そのものだったから、正直なところ途中までは心配していたのです。

 主人公の死から物語が始まり、彼の残した謎の意味をさまざまな人たちの証言から再構成して行くというのは、かの名作『市民ケーン』のアイデアを拝借したもの。遺産の全てを託された「バラの蕾」ならぬ「不滅の恋人」を探し求めるこの映画では、『市民ケーン』のように謎が最後まで謎のままではないところがオリジナルとは違う。

 謎解きミステリーとしては、最後に「不滅の恋人」の正体が明らかにされるところが唐突すぎる。結局、この映画のテーマってなんなのさ。芸術家のエキセントリックな個性を描いていた物語は、最後の最後に悲恋のメロドラマになり下がる。陳腐な幕引きだが、それなりに感動してしまったから許します。

 高らかに響きわたる第9交響曲と平行して描かれる、このクライマックスの高揚感は素晴らしい。映画好きの人なら、主人公の少年時代、彼の父が第9をBGMに暗い路地を帰ってくるカットで、素早く『時計じかけのオレンジ』を連想できなきゃいけないよ。そうすれば、この後に続く父親の(おそらくは性的な)暴力にまで思い至ることができる。主人公は窓から逃れて暗い路地を突っ走る。「歓喜の歌」をバックに、星空にぽっかりと浮かぶ少年の姿。このあたりが演奏シーンとオーバーラップする感動は、ほとんど『砂の器』に匹敵するはずだ。

 しかし、ゲイリー・オールドマンの演奏シーンは、『砂の器』の加藤剛より格段に素晴らしい。ピアノ演奏の当て振りだと、得てして演奏シーンが目玉としてクローズアップされがちなんだけど、この映画ではいやにすんなりと惜しげもなく演奏シーンを見せているのが印象に残った。ひょっとしたらこれはハリウッド得意の合成技術を駆使して、ピアニストの演奏場面にオールドマンの顔だけを合成しているんだったりしてね。とにかく、まるで本当に演奏しているように見えるんだから感心する。加藤剛はどう努力しても演奏には見えなかったものなぁ。

 冒頭の葬式場面は『アマデウス』で描かれたモーツァルトのそれとは大違いの豪華さ。よく考えたら、この映画では一番大がかりな場面はここでした。


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