殺しが静かにやって来る

1995/10/15 文芸坐
いきなり雪景色から始まる異色ウェスタン。中身も異色。
暗い話だけどしっとりとした魅力がある。by K. Hattori



 普通、西部劇といえば砂漠が舞台なんですが、この映画は一面が雪で覆われている。普通、西部劇といえば馬が疾走するシーンが見せ場のひとつに入っているものですが、この映画の中では馬は雪に埋まり、あげくの果てに食料として胃袋に収まってしまう。普通、西部劇といえば主人公の持つピストルはコルトの回転式拳銃と相場が決まっていますが、この映画で主人公が持つのは、木製ホルスターのついたモーゼルの自動式拳銃。とにかく、普通の西部劇の枠をはみ出そうはみ出そうと躍起になっている映画です。

 主人公は全編通して無言。ヒロインは黒人。窮地に陥った主人公が最後に大逆転するかと思いきや、最後の最後まで逆転することなく、むざむざと殺されてしまう。それでもなぜかこの映画は西部劇として成立しているし、後味もそんなに悪くない。結局、西部劇を成立させているものはスタイルや物語の枠組みではなく、主人公の生き方だったりするのですね。この映画の主人公サイレンスは、最後まで自分の生き方を貫いて死んで行く。決して、自分の生き方を曲げない。その姿が、かえってすがすがしいほどなのです。全編を貫く悲壮なテーマ曲も、この男の悲しく短い人生を演出。かなりあざといんだけど、これははまってしまうと酔える映画だ。

 敵役を演じたクラウス・キンスキーが抜群にいい。この映画は敵役が中途半端な憎たらしさでは、物語が空中分解しかねない。両親を殺された主人公の復讐を描いた映画かと思いきや、じつはそうではないことが終盤明らかになるあたりの強引さ。でも、その強引さに説得力を持たせているのが、悪徳検事を上回る悪党ぶりを発揮する、キンスキー演ずるところの賞金稼ぎなのだ。

 とにかく、この男の卑怯卑劣さったらない。自分の生き残りと利益のためなら、どんな卑屈な態度でもとるし、どんなに残酷にもなれる男。主人公サイレンスとはまさに正反対のこの男は、最後の最後までまんまと映画の中を生き延びる。まったく、本当に憎たらしい。

 二人の対決シーンとしては、最後の撃ち合いより、中盤の酒場のシーンの方が素晴らしい。相手に喧嘩を売り、怒った男が銃を抜いた直後に、正当防衛として、間髪入れずに相手を射殺するのがサイレンスのスタイル。そのスピードは目にもとまらない。それを知っている賞金稼ぎは、どんなことがあっても主人公の挑発に乗らないのだ。賞金稼ぎの側も、自分の腕には人並み以上の自信を持っている。だが、こうしてあっさりと相手の実力を認めて対決を避けることで、彼は生き延びてきたのですね。こうした両極端な二人の姿が、凝縮されて行く緊張感。男の顔のクローズアップに、美しささえ感じる瞬間です。


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