極楽特急

1995/04/30 早稲田松竹
金持ちの未亡人から金を奪うつもりで彼女に恋してしまう詐欺師。
大人の恋の駆け引きをしゃれたタッチで描く。by K. Hattori



 すごく面白い映画なのに、いざ感想を書こうと思うとその面白さを文章にすることができないことがある。そもそも、面白さをすべて文章にできるならはじめから〈映画〉など観なければいいわけで、文章にできない〈映画〉ならではの面白さこそが、映画館通いの醍醐味なのかも知れません。

 この映画の面白さはストーリーそのものより、むしろお芝居のテンポや編集のリズムにあるようです。話そのものは他愛のないもので、多少のひねりはあるものの、最後は落ちつくべきところに落ちついてしまう喜劇です。ちょっとすねた感覚は、純然たるアメリカ映画より、むしろヨーロッパ映画に近いかもしれません。全然色合いは違いますが、僕はルノアールの『ゲームの規則』を思い出しました。監督がヨーロッパ人だからでしょうかねぇ。

 同じ脚本も別の演出家にかかれば、この映画の5倍は観客をわかせることだってできるでしょう。しかし、ルビッチの演出は上品で、観客の下卑た笑いを拒みます。婦人に求婚する二人の男のエピソードなど、もっとはちゃめちゃにしようと思えばできるんでしょうけどね。中盤のパーティシーンなど、例えばスタージェスなら観客の横隔膜がケイレンして呼吸困難になるぐらい笑わせてくれることでしょう。でも、ルビッチはそれをしない。やろうと思えば当然できることを、あえてしていないんです。

 まるで舞台劇を観ているような軽快なテンポに、ついつい画面に引き込まれます。開幕早々のホテルの騒動から、食事中の泥棒自慢と大げさなキス、バッグを盗むエピソードから、そのバッグを使ってまんまと未亡人の屋敷に秘書として潜り込むまで、あれよあれよと言う間に物語が急展開。財閥総裁である未亡人に取り入って多額の現金強奪をたくらむ泥棒(詐欺師)夫婦の物語が、いつしか未亡人をめぐる恋愛模様に変わって行くあたりは、ちょっと中だるみと思えなくもないけれど、それがまた後半のサスペンスにつながっていくあたり、なかなか練れた脚本なのです。最初と最後を同じエピソードでまとめるのはセオリー通りとはいえ、こうピタリとはまるとじつに気持ちがいい。やや緩慢になりかけた物語をきりりと引き締めた、思わず拍手喝采したくなるような極上のキスシーンでした。

 うさんくさい天性の詐欺師を演じたハーバート・マーシャルが、『シンドラーのリスト』のリーアム・ニーソンにそっくりだったのには驚きました。もちろん制作年度からいって順序は逆で、ニーソンがマーシャルに似ているんですけどね。映画マニアのスピルバーグは、おそらくこの映画も当然観ているでしょうから、案外本当にこの映画を参考に、うさんくさいオスカー・シンドラー像を創り出したのかもしれませんね。



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