ゼロ・ペイシェンス

1995/03/14 シネセゾン渋谷
エイズ感染第1号を巡るミュージカル・コメディ。
HIVについて笑いながらお勉強。by K. Hattori


 エイズをネタにした映画としては、『フィラデルフィア』の20倍ぐらい面白い。ミュージカル仕立てで綴られる、エイズについての諸々の話。偏見と差別あり、患者の権利問題あり、最新医学情報あり、友情と同志愛あり、希望と絶望あり、リアリズムとファンタジーあり、さらに歌と踊りあり。

 不老不死の泉を浴びたことで、ビクトリア時代から生き続けている博物館の研究員。彼が企画した博物館の企画展示「疫病の歴史」の目玉として考えついたのは、北米にはじめてエイズを持ち込んだ患者第1号、ゼロについての展示だった。ゼロは3年前に世を去っているが、博物館員は小型のビデオカメラ片手に、生前のゼロの足跡を取材する。ここに幽霊になったゼロ本人が現れるのだが、ゼロの姿が見えるのが、エイズや同性愛についての偏見に凝り固まったビクトリア男だけ。こうして生きている者と死んだ者、取材する側とされる側の、おかしな共生生活が始まる。

 設定が設定だけに、物語がことさら深刻な方向に流れることはないんだけど、描かれている内容そのものはきわめてリアルな現実。冷たく残酷な事実を、ユーモラスな描写でさらりと見せているが、このユーモアはどうしたってブラックな味がする。それでも、いくつかのミュージカルシーンはやはりケッサク。全裸の男3人がシャワー室でコーラスする、ゲイサウナのマナーには笑った。ベッドの中で突然おしゃべりをはじめるケツの穴(ま、お下品な言葉)や、顕微鏡下のエイズウィルスとの掛け合いが、すべて歌になっているのがおかしい。

 ミュージカル映画としては、曲はともかく踊りがもっと欲しかったけど。踊りがあったのは、患者たちが製薬会社に抗議する準備のために集まっている場面と、博物館のはく製たちが人間の身勝手な犯人扱いに抗議する場面。特に後者はアフリカミドリザルのお姉さんがかっこよくて、なかなか素晴らしいシーンに仕上がっていると思う。踊りもダイナミックで、この映画の中ではいちばん見せる。この場面でもそうだが、ミュージカルシーンはどれも規模が小さいながら、登場するダンサー達が一生懸命踊っているのがいい。ばかばかしい場面でも、みんな真剣なのがビリビリ伝わってくる。

 欲を言えば、1カ所か2カ所で大規模なプロダクションナンバーを見せて欲しかった。顕微鏡のシーンなんかは、極彩色の衣装と真俯瞰からのショット、加えてプールと来ているから、これは絶対バズビー・バークレー風の万華鏡世界が展開すると期待したんだけどなぁ。ミュージカルとしては欲求不満。こうした肩すかし具合も、しばらく観ているとマゾ的快感になりかけるんだけど、最後にはやっぱり多少の物足りなさを覚えながら劇場を出ることになった。


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