クレージーだよ
奇想天外

1995/01/22 大井武蔵野館
ハリウッドの古典的ファンタジーコメディの匂いがする映画。
谷敬のバタ臭い芸風が存分に発揮された佳作。by K. Hattori


 谷啓という芸名がダニー・ケイのもじりであることは有名な話。この映画は、そんな谷啓の軽やかなコメディアンぶりが、存分に発揮された力作だ。

 谷啓は地球を平和にするためにやってきた宇宙人。彼が人間の身体を借りて巻き起こす、さまざまな事件が物語の前半を引っ張ってゆく。アパート隣室に住む女性との色恋沙汰。就職した会社の社長と、その愛人である秘書とのやり取り。秘書の弟との友情。宇宙人である谷には、地球人の行動がどうにも飲み込めない。時おり素っ頓狂な質問や受け答えをして、それがいやに痛烈な響きを持つのは、ほとんど「パパラギ」状態です。しかしそんな彼もやがて人間界の汚辱にまみれ、その権化たる政治家にまで身を持ち崩して(?)しまう。

 「平和法」という新法を審議する委員会に送り込まれた谷だが、そこに突然植木等が登場するや、映画は突然雰囲気が変わる。やはり植木は偉大だなぁ。超能力でも、内田祐也の腹下しロックでも、藤田まことの網タイツでも壊れなかった映画のトーンが、ここでガラリと一変するんだよ。植木が大声を出しながら委員会を一蹴すると、植木からはアナーキーな魅力がふつふつとオーラのようにわいてくる。こうなると、敵役の山茶花究なんて、ぜんぜん小者に見えてしまうのね。結局、このドタバタがこの映画の事実上のクライマックスでしょう。

 見どころはもうひとつ。下剤を飲んで腹下しになった内田祐也のかわりに、谷啓が即興のナンセンスソングを歌うところ。この軽さと舞台上の雰囲気って、そのまんま本家本元のダニー・ケイに通じる。

 全編ギャグに満ちあふれた映画だけれど、この映画のギャグは、脚本で練り上げられたもの。会話のギャグや、シェチェーションのギャグが多いんだな。アパート隣室の女との、会話すれ違いギャグなどにそれは顕著なんだけど、こうしたセンスってたぶん輸入されたものだと思う。

 日本映画がなぜアメリカ映画をマネできないのかという議論があるけれど、こうした映画を観ていて思うのは、この頃の日本映画はちゃんと海外の優れた作品や技術を咀嚼して、日本流にアレンジする力があったんだなぁってこと。いつからそうした能力がなくなってしまったんだろう。

 ラストシーンはしっとりしみじみしたエンディングになっているけれど、僕は主人公に幸せになって欲しかったなぁ。ケラケラ笑って、観た後ちょっと心が温かくなるような映画だった。この余韻が、植木等のクレージーものとはちょっと違うのかな。植木主演の映画は最後までカラリとしていて、ウエットな部分がないものね。

 それにしても映画を観た後、むしょうに綿菓子が食べたくなる映画だった。最近食べてないなぁ。


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