エイリアン3

1992/09/03
人気シリーズ第3弾は新鋭デビッド・フィンチャーが監督。
映像の病的な俊敏さのわりに話がお粗末。by K. Hattori



 賛否わかれる「エイリアン3」ですが、昨日観てきましたので感想を述べたいと思います。当然ネタばれを含みますので、予備知識なしで映画を観たいと思っているかたは読まないほうがいいでしょう。
 
 オープニングは悪くない。宇宙船の中に産み付けられているエイリアンの卵には、「いつの間に産んだんだ」とか「ずるい」とか言う以前の説得力があった。リプリーの登場するパート3を作ろうと考えるかぎり、これ以外の話の進めかたは不可能だったと思う。パート2の偉いところは、リプリーが一度地球に戻った後、あえてエイリアンの群れの中に見を投じるところにあったわけですが、それと同じ選択をリプリーにもう一度とらせるのは無理があると考えます。

 しかし人工睡眠カプセルのひとりにフェイスハッガーが貼り付いた段階で、観客のほとんどはリプリーが犠牲になったことに気がつくのではないか。今回リプリー以外の乗員がすべて死亡してしまうことは、マスコミでも大々的に報じられていたことです。エイリアンは死んだ生命体に寄生することはありませんから(わざわざ人間を生かしたままにしているのはパート2を見ての通り)、リプリーひとりが生き残った段階で、彼女の犠牲は確定的になります。知らぬはリプリーばかりなり、というわけですね。

 フェイスハッガーは、その役目を終えると自然にはがれて死んでしまうはずです。ですから、脱出艇の中に産み付けられていたエイリアンの卵は、2つ以上あったわけですね。過去の作品ではフェイスハッガーがはがれた後、数時間後にはエイリアンの幼虫が犠牲者の腹を破って飛び出しています。今回も犬に寄生したエイリアンはそうしていました。しかしリプリーはそうではない。やたらと元気なのが観ている側としては気になる。寄生しているエイリアンの種類が違うらしいのですが、その説明は一言で済まされてしまい、観客を(少なくとも僕を)納得させることができていない。

 キャスティングと登場人物たちの性格付けが弱い。リプリーを除くすべての人物たちが、はたして敵なのか見方なのかはっきりしない。これはラストのランス・ヘンリクセンまでもつれ込む。彼は結局、人間だったのかアンドロイドだったのか。(殴られたときに血が出たから人間らしい。)こうした人物造形の欠点があるからこそ、「医者は会社の回し者では?」みたいな見方もできてしまう。

 医者は始めからリプリーの見方だったと思う。これはキャスティングの問題もあるのだろうが、医者のキャラクターはもっと明るくすべきだった。陰欝な囚人惑星の中で、唯一陽気な人物という設定にすれば、リプリーが彼に心を許すのも納得がいくだろうし、彼が死んだショックももっと大きくなったと思う。彼が中途半端な人物だからこそ、リプリーと彼を近しいものとするために肉体関係を持ち込まなければならなかった。セックスレスがリプリーの魅力だったのに、残念なことだ。(もっとも、彼女と医者がセックスしたことで医者の疑惑は消える。エイリアンに寄生されていると知っていて、犠牲者とセックスする趣味は普通はないだろうと思う。もっとも彼の「浅ましい過去」が変態的なセックスであった可能性もあったが...。)

 逆にリプリーと最後まで行動を共にする黒人の宗教家を、もっと善悪入り乱れた存在にすべきだった。リプリーに「あんたを殺すのはアイツをやっつけてからだ」と言うまで(リプリーの全面的な保護者となるまで)、彼はリプリーにとって脅威を与える人物であるべきです。でなければ、リプリーが彼に自分を殺すように頼むのも説得力がない。彼がバールでリプリーの後ろから殴りかかるシーンに、サスペンスが感じられないと思ったのは僕だけではないはずです。彼の行動を支えている宗教についても説明不足だった。レイプされそうになったリプリーを助けるのは宗教的な信条からなのだろうが、それがよくわからないから単なる正義漢に見えてしまう。

 ラストの追いかけっこもわかりにくかった。本来なら最もスリリングでサスペンスあふれるシーンになるはずなのに、僕には彼らが何をやりたいのかサッパリわからなかった。事前にCGでシミュレーションするとか、わかりやすくする方法はいくらでもあったのに、サービス不足ですね。

 廃墟となった囚人惑星に、録音されていたリプリーの声が流れるラストシーン。しんみりさせるつもりだったのかも知れないが、制作者たちはリプリーが一度地球に戻って船を乗り換えていることをすっかり忘れているらしい。このあたりのずさんさが、この映画を象徴しているようです。

 監督はビデオクリップの制作では有名な人らしいが、タレントのキャラクターがはっきりしている音楽ビデオと違って、キャラクターを一から作りださなければならない映画は初めて。過去2作でキャラクターの固定しているリプリー以外の人物にまったく精彩がないのも、何となくわかるような気がします。

ここまで酷評しておいて、では楽しめないかと言うとそんなことはないのです。エイリアン・シリーズのファンにとっては、リプリーやエイリアンが画面に出てくるだけで嬉しいのです。ラストでランス・ヘンリクセンが登場したときは、最高に嬉しくてニヤニヤ笑ってしまいました。映画の本編には関係ないんだけどね。



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