箱入り息子の恋

2013/04/01 松竹試写室
目立たないよう生きてきた男が盲目の美女に恋をした!
心から拍手を送りたくなる傑作恋愛ドラマ。by K. Hattori

13040102  「青春」という言葉にはいろいろな定義があると思う。『青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ』(岡田義夫訳)というサミュエル・ウルマンの詩を思い出す人もいるだろう。僕は青春を「何者でもない人間が何者かになろうしてもがくこと」だと考えている。いずれにせよ、青春は特定の世代や年齢のことではない。10代や20代にそれぞれの青春があるように、30代や40代にも青春はある(のかもしれない)。

 この映画の主人公・天雫(あめのしずく)健太郎は、まさに何者でもない男だった。35歳にして自分自身の人生を諦め、自ら率先して「何者でもない男」になりきろうとしていた。市役所勤めをしながら、部署の中でも目立たずひっそりと過ごす。趣味は貯金。ペットはカエル。酒も飲まず、タバコも吸わず、ギャンブルもしなければ、女遊びもしない。35歳にして彼女いない歴35年。これじゃ童貞でも何の不思議もない。そんな息子に業を煮やして両親が出かけたのが、親が出席する代理見合いの会。そのつてで健太郎が見合いをした相手は、盲目の社長令嬢・菜穂子だった。彼女の父は健太郎の経歴や風体にまったく不満たらたらで、「お前に娘が守れるのか!」と怒鳴り散らす。これで見合いはオジャンになるかと思いきや、意外なことに菜穂子と彼女の母は健太郎が気に入ったようで、健太郎と菜穂子は何度かデートをするようになる。ふたりの距離は徐々に近づき、親しさを増していくのだが、やがてこの交際が彼女の父親の知るところとなるのだった……。

 主人公の健太郎を演じるのは、これが映画初主演となる星野源。盲目の菜穂子を演じるのは夏帆。健太郎の両親に平泉成と森山良子。菜穂子の両親が大杉漣と黒木瞳という豪華なキャスト。自分の人生を諦めてしまった健太郎が、恋の力で自分の殻を破っていく話だ。笑いあり、涙あり、ハラハラさせて、ドキドキさせて、切ない気持ちになって、最後は勇気が出る。こんなに清々しい映画は久しぶりに観た気がする。恋愛下手な主人公たちが、おっかなびっくり関係を深めていくエピソードの数々には、中学生や高校生の頃の自分の恋愛体験をもいだして胸がキュッと締め付けられる。どちらかと言うと感情表現の苦手な主人公たちの周囲に、個性的な人物を配置するバランスも絶妙。主人公たちの両親を演じたベテランたちが上手いのはもちろんだが、健太郎の同僚の若い女性職員(あだ名はヤリマン)などは、忘れがたい好キャラクターだろいう。さばけているようでいて、じつは恋愛下手で純な女の子なのだ。

 吉野家の牛丼でここまで泣かせた映画という一点だけでも、これは日本映画史に残る傑作になるだろう。叫びながら走る主人公とカメラが並走するクライマックスシーンには、映画的な快感と開放感が充ち満ちている。恋の喜びを、悲しみ、切なさを、そして滑稽さを、丁寧に描ききった傑作青春ドラマだ。

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6月8日公開予定 テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町
配給:キノフィルムズ 宣伝:スキップ
2013年|1時間57分|日本|カラー|アメリカンヴィスタ|5.1ch
関連ホームページ:http://www.hakoiri-movie.com
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
サントラCD:箱入り息子の恋
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