桜並木の満開の下に

2013/02/13 京橋テアトル試写室
事故で夫を失ったヒロインと加害青年の禁じられた恋。
地方の町工場を舞台にした『乱れ雲』。by K. Hattori

13021303  昭和の巨匠監督のひとりに成瀬巳喜男がいる。戦前のサイレント時代にキャリアをスタートさせた監督だが、代表作は高峰秀子主演の『浮雲』(1955)だろうか。世界的に評価が高い日本の映画監督と言えば黒澤明や小津安二郎が有名だが、彼らが一目も二目も置いていたのが成瀬であり、特に黒澤監督が最も尊敬する映画監督としてしばしばその名前が出てくる。最後の作品は1967年の『乱れ雲』。今回この『桜並木の満開の下に』を観て、僕は成瀬巳喜男の遺作を思い出した。

 『乱れ雲』は交通事故で夫を亡くした妻と加害青年が、いつしか恋に落ちるというメロドラマだ。亡くなった夫は通産省の役人で、加害者になったのは若い商社マン。子供のないまま夫を亡くした妻は夫の両親から籍を抜かれて孤立し、商社マンの青年は監督省庁の役人を死なせたことから出世の道を閉ざされ、地方に左遷させられてしまう。ひとつの事故がひとりの人間の命を奪い、その周辺にいた人たちの運命を大きく狂わせていく。こうした物語の構造は、そのまま『桜並木の満開の下に』にも引き継がれている。この映画では主人公となる若い女性、事故で亡くなる夫、加害者となる青年が、全員同じ工場に勤める工員という設定になり、登場人物の数も少なくなるなど、物語のスケールは『乱れ雲』よりずっとコンパクトにまとめられている。だがこれはやはり似ている。リメイクや翻案というわけではないだろうが、作り手は成瀬作品を十分意識した上でこの映画を作ったのではないだろうか。

 この映画の良さも悪さも、じつはこのコンパクトさにある。主要人物を町工場の中に限定したことで、人間関係はより濃密なものになっているし、被害者遺族と加害者が毎日顔を付き合わせていなければならない必然性も生まれている。これは映画がコンパクトであることの良さだ。しかしこの映画は登場人物の層に厚味がない。ヒロインは若く、夫も若く、加害青年も若い。リアリズムから言えば、映画に出てくるような町工場の場合、実際には中高年の工員の方が多いはずなのだ。それが映画では若い工員しかいない。作り手側の事情もあるのだろうが、ヒロインと加害青年の周囲にもう少し年配の人たちを大勢入れると、映画の雰囲気はだいぶ違ってきただろう。映画では諏訪太朗が社長をしていてそのすぐ下が柳憂怜になっているのだが、例えば柳憂怜が死んでしまうヒロインの夫を演じてもよかったはずなのだ。

 物語の展開上やむを得ない部分もあるが、主人公も加害青年も、最初から最後までずっと沈鬱な表情のままドラマが進行していることから、全体に平板な印象も受ける。映画はほぼ1年間のことを描いているが、人間どんな状況にあっても、時には微笑んだり笑ったりするものだ。映画の中にそうした感情のアクセントがあると、終盤で追い詰められていく主人公たちの気持ちがもっと盛り上がったと思う。

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4月13日公開予定 テアトル新宿
配給:東京テアトル、オフィス北野 配給協力:バンダイビジュアル
宣伝:Playtime、bond production k.k
2012年|1時間59分|日本|カラー|シネマスコープ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.office-kitano.co.jp/sakura/
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