奪命金

2013/01/08 シネマート六本木(スクリーン3)
ジョニー・トー監督の手にかかれば金融危機もこんな映画に。
ラウ・チンワンの上手さが光る。by K. Hattori

Datsumeikin  香港警察のチョン警部補は、マンション購入をせがむ妻コニーの文句に半ばうんざりしている。妻はマンションを買って自分で住みたいというのではない。彼女は中国の経済バブルに連動して値上がりする香港の不動産に投資して、多少なりともバブルの恩恵を受けたいのだ。経済的な余裕ができれば、毎日危険な仕事に出かけていく夫を見送り、神経をすり減らす毎日から解放されるかもしれない。

 銀行で投資信託のセールスを担当しているテレサは、営業成績の伸び悩みに苦しめられていた。どんなに努力しても、ここのところ部署内での成績は最下位だ。このままではクビになるだろう。彼女は自分を訪れた客が金利の低さに不平を言っているのを耳にすると、相手が商品特性についてまったく理解していない事を知りながら、あえてリスクの高い金融商品を売りつけてしまう。

 お人好しに見えるほど義理堅い中年ヤクザのパンサーは、兄貴分が警察に逮捕されたことから保釈金を集める羽目になる。あちこち駆け巡って金を集め、ようやく保釈金相当を集めたと思えば、保釈された兄貴分は別の罪でまた逮捕。パンサーはさらに金を集めなければならなくなり、昔馴染みのドラゴンを訪ねる。彼は表向き堅気の金融投資会社を経営しているが、顧客の中には大物ヤクザたちも混じっていた。

 香港の中でほとんど接点のないまま生きている、警察官とその妻、真面目な銀行員、昔気質の気のいいヤクザ。だがそんな彼らにも何ら分け隔てすることなく、ヨーロッパの金融危機が襲いかかる……。

 監督は『ザ・ミッション/非情の掟』や『エグザイル/絆』、『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』のジョニー・トー。今回は得意のギャング映画ではないが、もともとこの監督はハードボイルドなギャング・アクション映画だけでなく、ラブコメでもドタバタ喜劇でも何でもござれの職人監督。たぶんこの人が描きたいのは、ギリギリまで追い詰められた人間がそこで何をするかという張り詰めた緊張感なのだろう。人間を追い詰めていくための材料は、ギャング同士の銃撃戦でも、仲間内の裏切りでも、失業のリスクでも、金融危機でも何でもいい。今回の映画には暴力的な場面もあるが、それより緊迫するのは、銀行員のテレサがハイリスクの金融商品を顧客に売りつけてしまう場面だったりするのだ。

 登場人物たちの中では、ラウ・チンワンが演じるお人好しのヤクザ、パンサーのキャラクターが面白い。少し頭が弱いようにも見えるこの男を、他のヤクザたちがまったく軽んじていないのが不思議なのだが、このあたりが演じている俳優の貫禄というものだろう。彼はこの映画の中では、金融危機という出来事から最も遠い場所にいる人物でありながら、映画の中で起きる最も劇的で暴力的な場面に立ち会い、さらに金融取り引きの渦中に飛び込まされる。この映画の主人公をひとりだけ選ぶなら、やはりこの男だろう。

(原題:奪命金 Life without Principle)

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2月9日公開予定 新宿シネマカリテ、シネマート心斎橋
配給:ブロードメディア・スタジオ
2011年|1時間46分|中国、香港|カラー|スコープサイズ
関連ホームページ:http://datsumeikin.net
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