ヴァンパイア

2012/07/26 京橋テアトル試写室
吸血行為の欲望に取り憑かれた優しい連続殺人鬼の物語。
岩井俊二監督8年ぶりの最新作。by K. Hattori

Vampire  高校教師のサイモンは、人には決して話せない、ある秘密を抱えている。彼は連続殺人鬼なのだ。彼がターゲットにするのは、インターネットで知り合った自殺志願者たち。自殺志願者の集うサイトで一緒に死んでくれる相手を探している人物にコンタクトし、相手の自殺を手伝ってあげるのがサイモンの流儀。相手はサイモンに見守られながら、何の苦痛も恐怖もないまま死んでいく。サイモンは手荒なことは好まない。相手の安らかな死を望む。彼は優しい殺人者なのだ。被害者たちは自ら望んだ死へと旅立ち、サイモンはその旅立ちの手助けをした報酬として、被害者から抜き取った血液を手に入れる。もちろん「一緒に死ぬ」というのはウソだが、血を飲むという欲望を満たすためには、その程度の不誠実さはやむを得ないのだ。

 岩井俊二にとって8年ぶりの新作映画。タイトルは『ヴァンパイア』だが、この映画は『ドラキュラ』のような古典的吸血鬼映画とも、『アンダーワールド』や『トワイライト』のような新型吸血鬼映画ともまったく違う。映画の中で「ヴァンパイア」と呼ばれるサイモンには、超自然的な能力がまったくないのだ。彼は血を飲むことで不老不死の能力を身につけているわけでもなければ、超人的な身体能力を持つわけでも、コウモリに姿を変えて空を飛び回るわけでもない。血を吸った相手を不老不死の奴隷とすることもできないし、太陽光を浴びて死んでしまうこともない。この映画の主人公サイモンは、血を飲むという欲望に取り憑かれた、ただの普通の人間なのだ。彼は自分の欲望とそれが生み出す殺人行為を、心の底から嫌悪しているようにも見える。しかし彼はそれをやめられない。

 サイモンの自己嫌悪が頂点に達するのは、吸血鬼愛好家が集うオフ会で出会った男が、女性を襲う場面を間近に見た時だ。サイモンはあまりのおぞましさに嘔吐するが、それは自分自身の行為に対する嫌悪感の投影でもあるはずだ。流儀は違えども、サイモンがやっていることとその男がやっていることの間に、「女を殺して血をすする」という点で大きな違いはないのだから。しかしそれでも、サイモンは自分の欲望を抑えられない。サイモンはさしずめ、嫌悪しながらも自慰行為をやめられない思春期の中学生や高校生のようなものだ。欲望が満たされた際に感じる快楽に逃れようもなく惹きつけられながら、その快楽にとめどなく溺れていく自分自身を嫌悪する。吸血鬼映画における吸血行為は性交のメタファーなのだが、それはこの映画でもそのまま踏襲されている。しかしサイモンは「童貞の吸血鬼」みたいなものだ。彼が運命的な女性に出会って、自分の欲望を正直に告白する場面は、この映画の中でもっとも胸を打つラブシーンだと思う。

 出演者の名前や経歴を見るとそれなりに豪華なのだが、映画自体の印象はひどく地味。雰囲気は学生の自主製作映画みたいだ。

(原題:Vampire)

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9月15日公開予定 シネマライズ、川崎チネチッタ
配給:ポニーキャニオン 宣伝協力:樂舎
2011年|1時間59分|アメリカ、カナダ、日本|カラー
関連ホームページ:http://vampire-web.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
サントラCD:VAMPURITY
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