へんげ

2012/02/01 映画美学校試写室
原因不明の発作を繰り返しながら怪物化して行く夫。
小細工なしの力強い剛速球。by K. Hattori

Henge  東京都心に近い閑静な住宅地。門田夫妻はここ何ヶ月も、まともに外出できない状態が続いている。大学病院に外科医として勤務していた夫の吉明が、原因不明の発作で突然奇声を上げて卒倒するようになったのだ。発作の間隔はどんどん短くなり、昼夜関係なしの発作で獣のような大声をあげる吉明。最近は発作中に手足が不気味に肥大変形する症状まで現れた。病院への入院を拒み続けていた吉明だったが、後輩の医師坂下の強い勧めもあり、妻の恵子は夫を強制入院させることに決める。だがそれからしばらくして、都内あちこちで謎めいた通り魔事件が発生。それと時を置かず、吉明は病院を脱走して家に逃げ帰ってくる。体に残されたひどい人体実験の傷跡を見て、恵子はもう二度と夫を病院には引き渡さないと決めるのだった。通常の医療に何の期待もできないと悟った恵子は、女性祈祷師にお祓いを依頼するが効果はまるでない。逃げるように家を出て行く祈祷師を追った吉明だったが、なかなか帰ってこない夫を探す恵子は、彼が女祈祷師を食い殺している現場を見てしまう。夫はもはや人間ではない。変身して生きた人間を食らう怪物になってしまったのだ……。

 上映時間わずか54分の中編映画だが、余計なエピソードのないタイトでシャープな脚本と演出で、密度の高い作品になっている。ゆっくりと動き始めた物語は徐々に加速し、しかもスタートからゴールまでの最短距離を一直線に進んでラストに突入して行く。物語を牽引しているのはモンスター化して行く夫の吉明だが、物語をコントロールしているのは妻の恵子。一見制御不可能に見える吉明の行動だが、それらはじつはすべて恵子にイニシアティブを握られているのだ。病院に行くのを決めたのは恵子であり、病院から逃げ出した吉明を家に隠すのも恵子だ。彼女が夫のために、餌となる人間を集めるエピソードは強烈なインパクトがある。出会い系サイトで男を誘い、待ち合わせ場所にやって来た男を巧みに自宅に引き入れる恵子。こんなことを夫が望み、彼女に強いているとは思えない。彼女は自らの意志でこれを発案し、実行しているに違いないのだ。それを確信させるのが、待ち合わせ場所に相手が現れないと見て取った彼女が、ただちに手近な男を物色してナンパするくだりだろう。彼女が追い詰められているのは事実だが、その切迫感よりもむしろ、彼女はこうした行為を通して夫と一体感を味わい、自らの変身願望を満たしているようにも思える。夫の外見的な変化に合わせて、妻も内面的な変貌を遂げて行くのだ。

 なぜ夫が変身してしまったのか、その理由は一切明らかにされない。映画のラストシーンのあと、夫婦がどのような関係になるのかもわからない。しかし映画の前段と結末をすっぱりと切断して省略しているこの映画の、何という潔さ。物事は原因や理由を問う前に、まず起きてしまう。それが3.11を経験した現代日本のリアリズムだ。

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3月10日公開予定 シアターN渋谷
配給:キングレコード 宣伝:ブラウニー
2011年|54分|日本|カラー
関連ホームページ:http://hen-ge.com/
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