風にそよぐ草

2011/11/16 東宝東和試写室
不条理なサイコスリラー、ラブコメディ、それともサスペンス?
アラン・レネ監督の名人芸を堪能する。by K. Hattori

Kazenisoyogu  ショッピングセンターに出かけたジョルジュが、駐車場で拾った女物の財布。それはひったくり犯に奪われたかばんの中から、貴重品だけ奪って捨てられたものだった。財布から金は抜き取られているが、カードや身分証はそのまま。ジョルジュは中に入っていた小型飛行機免許の写真を見て、財布の持ち主マルグリットに恋をしてしまう。ジョルジュが財布を警察に届けてしばらくした夜、マルグリットから彼にお礼の電話がかかってくる。「一言お礼を言いたくて」「それだけですか?」「他に何を」「僕に会いたいとか」「その必要はありませんわ」「君には失望したよ!」。思わず電話口で逆上してしまったジョルジュは、お詫びの気持ちを手紙にしたためて彼女の住まいのポストに。こうした出来事以来、ジョルジュはマルグリットにストーカーのように付きまとうようになるのだが……。

 来年は90歳になろうとしているアラン・レネ監督の新作は、クリスチャン・ガイイの小説(邦訳あり)にもとづいた突拍子もないラブストーリー。財布を拾った男が持ち主の女性に恋をしてストーカーになる話かと思ったら、相手の女性もアプローチされているうちに彼に恋してしまって相思相愛。このまま駆け落ちでもするのかと思わせておいて、男は唐突に彼女を拒絶したりする。まったく意味のない、男女間の恋の駆け引き。なぜ男は女を愛するようになったのか。その理由がわからない。なぜ女は男を愛するようになるのか。その理由もわからない。わからないついでに言えば、相談を持ちかけられた警官まで女に興味を持つのは不思議だし、男の妻がどういう気持ちなのかもさっぱりわからない。この映画はわからないことが多すぎる。しかしそれが不快かというと、ぜんぜん不快ではない。むしろ次々に予想を裏切られる展開が心地よい。

 物語が緩急自在に速度を変えながら、右に左に蛇行して行く様子はデヴィッド・リンチの映画にも似ていると思う。しかしリンチの映画が観る者を暗闇に突き落とすようなものだとしたら、アラン・レネのこの映画は、濃霧の中を優秀なガイドに先導されながら細い山道を歩いているようなもの。自分の周囲のわずかな範囲は明確に見えるのだが、遠くがどうなっているのかはわからない。自分がどこに進んでいるのかもわからない。視界の外には断崖絶壁があるのか、千尋の谷底があるのか、まったく見通しがきかないまま、ただガイドに手を引かれて一歩一歩先に進んでいく。所々で霧が晴れると、そこからはいつも思いがけない風景が見える。そしてまた、次の場所に向かって少しずつ進んでいくのだ。

 ジョルジュを演じたアンドレ・デュソリエは黙っていてもユーモアを感じさせる不思議な俳優で、彼が生真面目に不穏当なことをしでかすほどに、その場面がコミカルなものになっていく。この映画で最初の爆笑ポイントは、駐車場で彼が若い女を見て「殺してやろうか」と考えるシーンだ。

(原題:Les herbes folles)

Tweet
12月17日公開予定 岩波ホール
配給:東宝東和 宣伝:ザジフィルムズ WEB宣伝:スターキャスト・ジャパン
2009年|1時間44分|フランス、イタリア|カラー|シネスコ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://kaze-kusa.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:風にそよぐ草
原作:風にそよぐ草(クリスチャン・ガイイ)
関連DVD:アラン・レネ監督
関連DVD:サビーヌ・アゼマ
関連DVD:アンドレ・デュソリエ
関連DVD:アンヌ・コンシニ
関連DVD:エマニュエル・ドゥヴォス
関連DVD:マチュー・アマルリック
関連DVD:ミシェル・ヴュイエルモーズ
ホームページ
ホームページへ