ハウスメイド

2011/06/10 GAGA試写室(シネマート六本木)
キム・ギヨン監督の『下女』を半世紀ぶりにリメイク。
ひとりの家政婦が一家を破滅させる。by K. Hattori

Housemaid  キム・ギヨン監督が1960年に撮った『下女』は、韓国映画の歴史をひもとくと必ず名前の出てくる作品。中流家庭に雇われた家政婦が一家の主人と関係を持ち、やがてこの家庭をメチャクチャに破壊する話だ。監督はこの題材が気に入ったらしく、その後も『火女』(1971)や『火女82』(1982)でセルフリメイクしている。本作『ハウスメイド』はそんな作品を現代に翻案したサスペンススリラー。僕はオリジナルを観ていないのだが、資料に目を通す限りでは、ヒロインのキャラクターがオリジナル版から大きく変更されているようだ。『下女』の家政婦は邪悪な異物として平和な家庭の中に侵入してくるが、『ハウスメイド』の家政婦はむしろ無垢な存在。それが平和だが冷酷さと欺瞞に満ちた家庭の中に異物として侵入し、結果としてはその家庭を破壊してゆく。ただし家政婦が一家の主人と関係を持ち、妊娠するという話の流れはオリジナル版を踏まえている。

 ところでこのリメイク版には、オリジナル版にはない先輩のメイドのビョンシクという人物が出てくる。長年一家に仕え、家の中で知らないことは何もないと豪語するこの中年家政婦は、新人の家政婦ウニと主人の関係を知り、ウニが妊娠したことも本人より前に察知して、先代の主人にご注進する。ビョンシクはウニの敵なのか、それとも味方なのか。一家にとって忠実な僕(しもべ)なのか、それとも獅子身中の虫なのか。彼女は資産家家庭での屈辱的な仕事でストレスを溜めつつ、一人息子を立派に育て上げて検事にまで出世させた。韓国社会の中の貧富の格差や、エリート主義と庶民生活の狭間で、その矛盾を体現しているのがビョンシクなのだ。彼女は長い家政婦生活の中で、ウニと同じような屈辱を何度も味わってきたであろうことが、映画の端々で執拗に描写されている。このビョンシクを演じているユン・ヨジョンは、キム・ギヨン監督の『火女』(『下女』の最初のリメイク)に主演して高く評価された経歴の持ち主。この映画の中ではキャスティングの段階から、ビョンシクとウニのふたりの家政婦が、ひとつのキャラクターの分身として配置されている。

 傲慢な資産家一家は結局最後に破滅するわけだが、この破綻を招いたのは主人と関係を持ったウニではなく、じつは中年家政婦のビョンシクなのだ。そもそもウニを面接して雇い入れたのもビョンシクではないか。彼女は何も知らないウニを巧妙に誘導して、かつての自分が成し遂げられなかった復讐の道具にしたのではないだろうか。『下女』から『火女』に通じる「一家を破滅させる邪悪な家政婦」というキャラクターは、じつはウニではなくビョンシクの中に継承されているのだ。

 ウニを演じたチョン・ドヨンは、善良さの中の欲望、素朴さの中の繊細さなど、多くの矛盾を抱えたヒロインを好演。この人物が持つ危ういバランスが、この映画のサスペンスを生み出している。

(原題:下女 The Housemaid)

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8月公開予定 TOHOシネマズ シャンテ
配給:ギャガ
2010年|1時間47分|韓国|カラー|シネスコ|ドルビーSR、dorubi- デジタル
関連ホームページ:http://housemaid.gaga.ne.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ハウスメイド
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