わたしを離さないで

2011/02/02 20世紀フォックス試写室
カズオ・イシグロの同名小説を映画化した青春ラブ・ストーリー。
物語の枠組みにはSF風の仕掛けがある。by K. Hattori

Watahana  映画ファンには『日の名残り』の原作者として知られるカズオ・イシグロの同名小説を、『ストーカー』(2002)のマーク・ロマネク監督が映画化したSF仕立ての青春ラブストーリー。物語の舞台は1970年代半ばから2000年代初頭のイギリス。ただしそこに登場するのは、我々の知っているイギリスではない。1950年代に実施され始めた画期的な医療技術によって、人々の平均寿命が100歳を超えている世界だ。物語の語り手であるキャシーは、この技術に関わりのある医療機関で介護人として働いている。映画は彼女がひとりの青年を手術室に送り出すところから始まり、過去の回想シーンになって現在に戻り、最後に短い後日談を添えるというマヅルカ形式。この映画の宣伝素材(チラシやホームページ)は主人公たちの「秘密」を伏せているのだが、これ自体は映画の冒頭にあるシーンから比較的容易に察せられてしまう。ことさら秘密にしておく必要もないけれど、これがあまり前面に出てしまっても映画のねらいとは違うところに注目されてしまいそうで、映画の紹介方法が少し難しい。

 ヒロインのキャシーは子供時代を、美しい自然に囲まれた寄宿学校ヘールシャムで過ごしている。彼女は同い年の少年トミーに好意を持つが、親友のルースが彼と恋人同士になったことで、キャシーはふたりとの間に少し距離を置くことになった。18歳になると子供たちはヘールシャムを卒業して、他の寄宿学校卒業生たちと一緒に農村部のコテージで共同生活を始める。彼らはここで寄宿学校時代にはなかった自由を満喫するが、それはつかの間のもの。キャシーはルースと衝突したのをきっかけに介護人に志願し、ひとりコテージを離れる。それから10年後。キャシーはルースやトミーと再会するのだが……。

 この世界には「大きな物語」と「小さな物語」がある。大きな物語とは、歴史、宗教、国家、政治、民族、言語、社会制度など、人間の暮らす社会全体に関わる物事。小さな物語とは、親子、兄弟、学校、職場などで、そこを構成するひとりひとりの人間の間に生まれる物語。ふたつの物語は互いに密接に関わり合っているが、人が日常的に大きな物語を意識することはない。大きな物語は個々の人間が暮らしていく上での大前提であって、その存在に個々人が直接コミットしていくことはないのだ。この映画では主人公たちを取り巻く大きな物語の成り立ちが、我々の暮らしている社会のそれとは大きく異なっている。しかし映画に登場する人たちは、その物語の存在を当たり前の事だと考えている。

 この映画を観ていると、主人公たちが自分たち周辺の小さな物語の中で一喜一憂し、大きな物語そのものに立ち向かわないことが腹立たしく感じられるかもしれない。僕も多少そういう面がある。でもそう感じた自分も、周囲にある大きな物語の矛盾や不合理を、たぶん当たり前だと感じて生きているのだ。

(原題:Never Let Me Go)

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3月26日公開予定 TOHOシネマズシャンテほか
配給:20世紀フォックス 宣伝:樂舎
2010年|1時間45分|イギリス、アメリカ|カラー|シネマスコープ|ドルビーSR、SRD、DTS
関連ホームページ:http://movies.foxjapan.com/watahana/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:わたしを離さないで
原作:わたしを離さないで(カズオ・イシグロ)
サントラCD:わたしを離さないで
サントラCD:Never Let Me Go
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