筒井康隆のSF小説「家族八景」「七瀬ふたたび」「エディプスの恋人」は、火田七瀬というヒロインが活躍する三部作だ。1970年代に発表された後も読み継がれ、今なお人気のあるシリーズだが、ことに2作目の「七瀬ふたたび」は何度も映像化されている。ヒロインの七瀬は人の心が読めるテレパス(精神感応能力者)だ。1作目の「家族八景」は家政婦の七瀬があちこちの家庭を渡り歩きながら、それぞれの家庭の中に潜む闇や亀裂をはからずもあぶり出してしまうというSF版「家政婦は見た!」とでも言うべき連作だった。だが続編「七瀬ふたたび」は、それとは打って変わったサスペンス・スリラーになる。七瀬のような特殊能力を持つ人々を抹殺しようとする謎の組織が登場し、七瀬と仲間たちは組織からの逃避行を続ける。シリーズ中この第2作目だけ映像化が集中しているのは、この作品だけがアクションたっぷりで、映像化しやすいからに違いない。(僕の個人的な趣味では、むしろ1作目の「家族八景」と3作目の「エディプスの恋人」の方が好きなのだけれど。)
今回は「七瀬ふたたび」初の映画化。監督はSFファンタジー分野に定評のある小中和哉。脚本の伊藤和典もSFジャンルで評価の高い脚本家だ。主人公の七瀬を演じるのは芦名星。七瀬とカジノで知り合いつかの間の友情を育む瑠璃に前田愛。タイムトラベラーの藤子役に佐藤江梨子。テレキネシスのヘンリー役はダンテ・カーヴァー。予知能力者の了に田中圭。七瀬に保護されるノリオに今井悠貴。能力者狩りを行う謎の組織のリーダー狩谷に吉田栄作。七瀬たちの起こした事件を追う刑事に平泉成。狩谷配下の優秀なハンター景浦役の河原雅彦も印象的だ。
物語の中で主人公の七瀬たちは常に受け身だ。追う者がいるから、それから逃げる。目の前に危険が迫っているから、そこから逃げる。逃げて逃げて、自分の身を守ることにしか力を使わない。追う者と追われる者の追いかけっこはスリルがあるが、主人公たちが逃げ続けているだけでは、最後に逃げ切って終わるか、はたまた追いつかれて終わるかしか有り得ない。だがこれでは物語に「対決」が生まれない。これが『七瀬ふたたび』という物語が持っている、アクション映画としての根本的な欠点だ。アクション映画には「逃げる主人公」を扱ったものがたくさんあるが、それでも主人公たちは「逃げながら真犯人を捜す」とか、「逃げながら反撃の隙をうかがう」など、何らかの能動的なアクションを取るのが常だ。しかし『七瀬ふたたび』にそれはほとんどない。追われて、追い詰められて、ひとりずつ殺されて、終わってしまう。話の組み立てとしてはひどく閉塞感のある、暗い展開だ。
しかしこの映画は最後の最後に、意外な方向に進み始める。それは『七瀬ふたたび』というタイトルに込められた、この映画のオリジナル展開。「なるほど、そうなるか!」という快い驚きの中で映画は終わるのだ。