ヘヴンズ ストーリー

2010/07/12 映画美学校試写室
家族を殺された被害者遺族と、家族を殺した者の出会い。
瀬々敬久監督渾身の4時間38分。by K. Hattori

Hevens_story  昨年は『感染列島』と『ドキュメンタリー頭脳警察(三部作)』という、まったく傾向の違った2本の大作映画が公開された瀬々敬久監督の新作は、全9章、4時間38分という桁外れの長尺映画だった。『頭脳警察』も総上映時間5時間14分という長い映画ではあったのだが、これは形式的に1本ずつ独立した3本の映画をまとめて上映時間。それに対して『ヘヴンズ ストーリー』は1本で4時間38分だ。この時間を映画は9つの章に分けてそれぞれにタイトルを付けているのだが、だからといってこれはオムニバス映画になっているわけではない。大きな物語を9つの視点、9つの時間軸の中で描いているだけで、全体としてはやはり大きなひとつの物語になっている。

 物語は実際の事件を連想させるいくつかの出来事が取り上げられているのだが、その中でも1件の少年事件が物語の大きな核になっている。ここから誰もが連想するのは、1999年に山口県光市で当時18歳の少年が起こした母子殺害事件だろう。だが映画がここで描こうとしているのは、この少年事件そのものではない。映画が描こうとするのは被害者遺族のその後だ。被害者遺族は犯人を心から憎む。犯人の死刑を望む。それが叶わないなら自らの手で殺してやりたいとさえ思いつめる。周囲の人たちもそれに同情し理解を示す。しかし被害者遺族はその気持ちを抱えたまま、一生を過ごさなければならないのだろうか。被害者遺族は家族を殺されたときの嘆きと悲しみと悔しさの涙を、一生流し続けねばならないのだろうか。

 じつは光市の事件については、加害少年の死刑をメディアの前で涙ながらに訴えていた被害者の夫がその後再婚したという噂話がネットの中でささやかれ、一方では涙ながらに亡き妻への思いを語りながら、もう一方で別の女性と再婚するとはナニゴトカ!といった非難の声が聞こえていたのだ。要するに、犯罪被害者は一生被害者として涙に明け暮れていなければならないらしい。犯罪被害者は一生犯人を恨み続け、その死を願い、常に沈痛な表情で生き続けなければならないらしい。映画『ヘヴンズ ストーリー』で描かれているのが、まさにそれだ。幼い頃に自分以外の家族全員を殺されたという壮絶な経験を持つ少女は、妻子を少年に殺された後、別の女性と結婚して子供を作った男を非難するのだ。「あなたの妻子を殺した男は釈放されて自由に暮らしているのに、あなたは相手を殺してないじゃないか。あなたは新しい家族の中で、今の自分さえ幸せならそれでいいの?」という問いかけに、かつて妻子を殺された男はどんな答えを出すのか。どんな答えを出し得るというのか。

 主要人物のひとりが「復讐代行」の仕事をしていることなどからもわかるとおり、これは「復讐」についての物語だ。また各地の無機質な「団地」(廃墟になったものも含む)でロケ撮影された、団地暮らしに象徴される匿名のワタシタチについての映画でもある。

10月公開予定 ユーロスペース、銀座シネパトス
配給・宣伝:ムヴィオラ
2010年|4時間38分(途中休憩あり)|日本|カラー|アメリカンヴィスタ|DTSステレオ
関連ホームページ:http://heavens-story.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
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