老人と海

ディレクターズ・カット版

2010/06/08 京橋テアトル試写室
小さな漁船で巨大カジキを釣り上げようとする老人の孤独な戦い。
与那国を舞台にしたドキュメンタリー映画。by K. Hattori

Rojintoumi  ヘミングウェイの小説「老人と海」をモチーフにしながら、与那国島でカジキ漁をするひとりの老漁師の姿を記録したドキュメンタリー映画。1980年代の終わりに撮影されて1990年に完成し公開された作品だが、今回は2010年仕様のディレクターズ・カット版で再公開となる。企画・製作はシグロの山下徹二郎。監督はこの後『チョムスキー9.11』や『映画 日本国憲法』などの話題作を撮った、アメリカ人のドキュメンタリー映画監督ジャン・ユンカーマン。音楽を小室等が担当している。映画の中で主人公の老漁師として出演していたのは地元漁師の糸数繁さんで、撮影当時既に80歳を超えていたという。彼は映画の完成をとても喜んでいたが、その直後、漁の最中に海で亡くなった。仕掛けにかかった大型の獲物に、海に引き込まれたらしい。だがこの映画にも登場する彼の小型船は、島で最後のサバニ漁師が残した映画の記念として、今も漁港近くの施設に保管展示されているという。

 小説「老人と海」の主人公はサンチャゴという老漁師。小さな漁船で漁をしている老人は、80日以上の不漁の後ついに大物のカジキを仕留める。だがその獲物は大きすぎて船に引き上げることができず、ロープで船にくくりつけて港まで運ぶ途中、血の臭いを嗅ぎつけて集まってきたサメに食い尽くされてしまう。本作『老人と海』は「老人が小さな漁船で巨大なカジキを釣り上げる」という部分を小説から借りているわけだが、なんという偶然か、取材をはじめた年はカジキが不漁で1匹も釣れず、ヘミングウェイの小説を地で行く展開になってしまったという。撮影はやむを得ず2年目に持ち越されたが、翌年の撮影では「カメラの前でカジキを釣らねば」というプレッシャーの中でとうとう念願のカジキを釣り上げることに成功した。

 これが劇映画なら巨大カジキとの格闘が延々続きそうなものだが、機材やカメラポジションに制約のあるドキュメンタリーなのでこのあたりはわずか数分で終わってしまう。それでも伴走する船から撮影したり、漁船に乗り移ったりと、撮影にあたってはさまざまなカメラポジションが取り込まれて迫力たっぷり。巨大なカジキと1本の糸でつながれた老人が、ぐいぐいと糸をたぐり寄せる力強さ。カジキが水中でもがくたびに、老人の体と船が大きく揺れ動く様子はまさに命がけ。じつはこの前に若い漁師が別の船でカジキを釣っている場面で、船上に散らばる糸に漁師が足を取られあわやそのまま海に転落か……ということがあった。この映画の主人公である老漁師も、映画撮影の後に実際に魚に海に引きずり込まれて亡くなっている。そんなことを知っていると余計に、この漁のシーンは「死闘」という感じがしてくるのだ。カジキも命がけだが、漁師も命がけでカジキを釣っている。ドキュメンタリー映画の父ロバート・フラハティの代表作『アラン』にウバザメ漁が出てくるが、『老人と海』のカジキ漁はそれに匹敵すると言ってもいいかもしれない。

7月31日公開予定 銀座シネパトス、テアトル新宿、キネカ大森
配給:シグロ 配給・宣伝:スターサンズ
2010年(オリジナル版 1990年)|1時間38分|日本|カラー|スタンダード
関連ホームページ:http://www.rojintoumi.asia/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:老人と海
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