トルソ

2010/05/17 松竹試写室
奔放に生きる妹と、物言わぬトルソを秘かに愛する姉。
安藤サクラがじつに良かった。by K. Hattori

Torso  東京でアパレル関係の会社に勤めている、30代の独身OLヒロコ。結婚歴なし、彼氏なし、浮いた話なし、化粧っけなし、合コンに興味なし。一人暮らしの部屋で彼女を待っているのは、クローゼットの中でバスタオルにくるまれている男性型のトルソ(手足や頭部のない胴体のみの彫像やマネキンのこと)のみ。浮き輪のように空気を入れて膨らませるそのトルソを、ヒロコはまるで恋人であるかのように愛でているのだ。物言わぬ男のカラダとの、穏やかで静かな暮らし。だがそんな静かな生活の中に、突然ヒロコの異父妹であるミナが転がり込んでくる。ヒロコの元恋人だったジロウと付き合っているミナの存在は、ヒロコをいら立たせる。そしてもっといら立つのは、彼女が義父(ミナにとっては実父)について話すことだ。脳梗塞で倒れたという義父を、ヒロコはどうしても見舞う気持ちになれない。間もなく義父が他界。葬儀のための身支度をして実家に向かうヒロコの足は、途中でぱたりと止まってしまう。

 ヒロインのヒロコを演じるのは渡辺真起子。異父妹のミナ役には、昨年から今年にかけて出演作目白押しの安藤サクラ。物語は基本的にこのふたりの関係を軸に展開していくが、ふたりの母親を山口美也子が存在感たっぷりに演じているのも印象に残る。この映画はこの母親を中心にした、一種のホームドラマと言っていい内容なのだ。ただしこのホーム(家庭)はとうの昔に壊れている。それによって、ヒロコは心に深い傷を負っている。母は家庭が壊れていることから目を背けてヒロコを責め、妹のミナは家庭が壊れていることに気づかないまま、姉ヒロコと父母の不仲を怪訝そうな目で見つめている。

 ヒロコがなぜ実家に近づこうとしないのかは、映画を観始めて最初のうちにそれとなくわかってしまった。「たぶん、そういうことなんだろう」と思うと、果たしてそれは「そういうこと」なのだ。しかしこの映画は、「そういうこと」を声高に批判したり避難したりはしない。問題はそれによって、決定的に何かが壊され、損なわれてしまったこと。それに触れることは家族の中のタブーとなる。タブーとは、それに触れることさえはばかられるような絶対的な禁忌だ。ヒロコはそれに直接触れることなく、ただ「あったことを、なかったようにして生きるのは辛い」と母に告げることしかできない。

 映画のタイトルは『トルソ』だが、このトルソがヒロインにとって何者なのかは、映画を観ていてもいまひとつよくわからなかった。男性ではあるが、完全にヒロインの支配下にある、物言わぬ、匿名のパートナー。生身の男性から、人間としてのあらゆる属性をはぎとった後に残る、空虚で抽象的な男性自身(何しろ中身は空気なのだ)。これがなくても物語自体は成立するのだが、ヒロコとその分身であるミナの対称性を完成させるためには、トルソが必要だったと言うことか。

7月10日公開予定 ユーロスペース(レイト)
配給:トランスフォーマー
2009年|1時間44分|日本|カラー|アメリカンヴィスタ|DTS
関連ホームページ:http://www.torso-movie.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
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