つむじ風食堂の夜

2009/10/09 乃木坂201
小さな食堂に集まる常連客同士の交流を描くファンタジー。
北海道ロケが抜群の効果を出している。by K. Hattori

Tsumujikaze  吉田篤弘の同名小説を、篠原哲雄監督が映画化。映画の中に超自然的な出来事が描かれるわけではないが、これはどう見てもファンタジーだろう。人工降雨を研究しているという主人公を筆頭とする登場人物たちのキャラクターはどれも浮世離れしているし、現在と過去をゆるやかに交差させていく物語の構成、そして現実に存在しそうでおそらく現実には決して存在しないであろうアパートや食堂のセット。我々が暮らしている現実の世界に隣接する、少し違った次元にずれたもうひとつの現実世界。この世界観に近いのは、宮澤賢治の作りだしたイーハトーブだろうか。

 人間たちがひしめき合って暮らす大都会というわけではなく、さりとて小さな町というわけでもない「月舟町」に、常連たちが集うその食堂がある。さして広くもなく、さりとて狭苦しいわけでもないその店では、顔なじみの常連たちが和気藹々と親しげに歓談するでもなく、さりとて互いによそよそしくするわけでもない程度のほどよい距離感で語らうのだ。たまたまこの店に足を踏み入れた「私」は、戸惑いつつもこの店の常連客のひとりになる。二重空間移動装置と名付けた万歩計を売る帽子屋の桜田さん、古本屋を営むデニーロの親方、見かけによらずロマンチストな果物屋の青年、そして同じアパートの住人でもある売れない舞台女優の奈々津さん。こうした人々との交流の中で、「私」の中では少しずつ何かが変化していくのだった……。

 物語の中ではとくに大きな事件が起きるわけではないのだが、その「なんでもない日常」が心地よい。一応主人公は、自分自身の現在の生活ぶりに悩んだりしてみる。自分は若い頃にもっと何かに夢中になって、キラキラ輝いていたりしたんじゃないだろうかと思ってもみる。でもそれは決定的な欠落感や喪失感というわけじゃない。「それが年を取るってコトなんです」と帽子屋の桜田さんに諭されて、なるほどそういうものだろうとすぐ納得してしまう程度のことなのだ。大人になって人間は変わっていく。でもそれは悪いことじゃない。自分は自分で、自分の好きなように今を生きればいいじゃないか。それは過去をやり直すことじゃない。そんなことを、喫茶店のマスターとの会話から学んだりもする。所在不明な「ここ」ではあっても、自分は今間違いなく「ここ」にいて、どこか「遠く」を夢見ていたりする。この映画は主人公である「私」が自分自身を積極的に肯定していく姿を通して、映画を観る人たちすべての現在を肯定し、勇気を与えてくれるのだ。

 八嶋智人は『秋深き』に続いてこれが主演第2作目だが、今回の映画の方がずっと良かった。生瀬勝久と親子という配役も絶妙。女優の奈々津さんを演じた月船さららも好印象。下條アトムのすっとぼけた雰囲気、スネオヘアーの独特なたたずまいなど、キャストの持ち味がよく生かされている。路面電車の走る函館が、見事におとぎ話の国になっている。

11月中旬公開予定 ユーロスペースほか全国ロードショー
配給:ジョリー・ロジャー
2009年|1時間24分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.tsumujikaze.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:つむじ風食堂の夜
原作:つむじ風食堂の夜(吉田篤弘)
サントラCD:つむじ風食堂の夜
主題歌「エスプレ」収録CD:ロデオ(スネオヘアー)
関連DVD:篠原哲雄監督
関連DVD:八嶋智人
関連DVD:月船さらら
関連DVD:下條アトム
関連DVD:スネオヘアー
関連DVD:田中要次
関連DVD:芹沢興人
関連DVD:生瀬勝久
ホームページ
ホームページへ