童貞放浪記

2009/06/11 映画美学校第1試写室
高学歴で社会的地位も高いのになぜか童貞三十男の苦悩。
ヒロインを演じた神楽坂恵がヨイ。by K. Hattori

童貞放浪記  東大の大学院を出たあと関西の大学で講師をしている金井淳は、大きな声では言えないが30歳の今も女性経験のない童貞である。それを恥じてはいないが、すべての面で彼の弱味になっている。童貞かそうでないかで男の人生がどう変わるわけでなし、性体験の有無で人間性がどうにかなるわけじゃない。大学で文学を講じている金井にだって、そんなことは頭じゃわかってる。でも心の奥底で、それが自分の負い目になっていることも事実なのだ。勇気を振り絞ってストリップ小屋や風俗店に行ってはみるが、そこからさらに一歩進んで、風俗でコトを済ませてしまうことができない。そんな時、彼は出張先で大学院の後輩・北島萌と再会し、彼女に恋心を抱くのだが……。

 主人公の抱え込んでいる「童貞ゆえのコンプレックス」に、心当たりのある男性は多いと思う。しかし世の男性の多くは10代後半から20代前半には「童貞を捨てる」ことでこの問題をクリアするのだ。そして初体験を済ませてしまった後に、「なんだ、大したことなかったじゃないか」と思ったりする。セックスなんてものは所詮、男性の下腹部に付いている10センチ前後の出っ張りが、女性の下腹部にくぼみに差し込まれるだけの話だ。しかしこのたった10センチのことに、いまだ性体験ないの男たちは思い悩む。くだらないことなのだが、悩めば悩むほど、本当なら「大したことない」はずの問題が大きなしこりとなって心の奥底に沈殿していく。

 金井の物語を「現代日本社会が生み出した悲劇」として語るのは簡単だ。だがそうした分析や批評が、金井にとって何の役に立つだろうか。東大大学院を出て学生に文学を論じている彼にとって、こうした分析はおそらく頭の中で何十回何百回と繰り返してきたものだろう。でもそうした分析をいくらしたところで、彼の救いにまったく結びつかない。童貞のジレンマから脱出するには、女性と関係を持ってしまうか、宗教など別次元の価値観によってその状態を合理化するしかないだろう(保守的なクリスチャンになって結婚までの童貞を誓うなど)。しかし事実上この物語からは後者の可能性が排除されているため、主人公は恋人の留学が近づいているという切迫した状況の中で、性急に彼女との関係を求めざるを得なくなる。それが自然な男女の関係性を阻害し、恋人の全存在の中から「たった10センチ」をかすめ取ろうとするものであると知りつつ、金井の欲望の対象はその「10センチの関係」に収斂されていってしまうのだ。このことに恋人は傷つき、金井自身も傷ついている。

 ふたりにもう少し時間があれば、ふたりの生活距離がもっと近くて頻繁に逢う時間を作れれば、彼らにはまた別の結論が待っていたかもしれない。しかし「悲劇」とは、主人公たちの退路をあらかじめすべて断ち切った地点に成立する必然のドラマ。この物語には、これ以外の結論があり得なかったのだと思う。

8月8日公開予定 ヒューマントラストシネマ文化村通り
配給:アルゴ・ピクチャーズ
2009年|1時間38分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.doteihoroki.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:童貞放浪記
原作:童貞放浪記(小谷野敦)
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