子供の情景

2009/04/03 松竹試写室
19歳の新人監督ハナ・マフマルバフによる恐るべき寓話。
この不快さから目を背けることは出来ない。by K. Hattori

Buddha Collapsed Out of Shame ( Buda as sharm foru rikht ) [ NON-USA FORMAT, PAL, Reg.2 Import - Great Britain ]  映画を観る人は、何を求めて劇場に足を運ぶのだろうか? それは感動だ。映画を観て大きく心を動かされる経験こそが、映画が提供する最大の売り物。「映画はエモーションだ!」とヒッチコックも言っている。感動の中身は何だっていい。美しい物語に心を洗われるような思いがすることもあれば、悲劇に胸を締め付けられることもある。幸福感に満たされて笑顔で劇場を後にすることもあれば、恐怖に顔を青ざめさせながら劇場を立ち去ることもある。映画が観客から引き出すのは「良い感情」だけとは限らない。優しさや愛情深さや哀れみ慈しみの気持ちだけでなく、恐怖や怒りや嫉妬、時には殺意すら観客から引き出してくるのが映画というものなのだ。そうした映画の機能を考えるなら、映画を観て「心地よい気持ち」を味わえるのがいい映画であるのと同じように、映画を観て「不愉快な気持ち」を味わわされるのだとしたら、その映画もまたいい映画なのかもしれない。

 本作『子供の情景』は、僕がここ数年で観た映画の中では最も不愉快な気分にさせられるものだった。これに匹敵する不快な映画は、これまでにあっただろうか? 自分の過去の映画鑑賞記憶を探っても、ちょっと思いつかない。つい先日イギリスの「エンパイア」という雑誌が、観ると落ち込む映画のベストテンを発表している。1位の『レスラー』はまだ未見だが(試写状は来ているので近日中に観るつもり。楽しみ!)、2位の『ひとりぼっちの青春』以下、『リービング・ラスベガス』『道』『21グラム』『火垂るの墓』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、それに10位の『ミリオンダラー・ベイビー』あたりは観ている。どれも確かに悲しい映画だった。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は不愉快な映画でもあった。しかしこの『子供の情景』を観てしまった後となっては、ラース・フォン・トリアーの底意地の悪さも子供っぽく思えてしまう。『子供の情景』は不愉快さが桁違いだ。観ていて本当にムカムカしてくる。僕は本気で試写室から飛び出して行きたくなってしまった。上映時間81分という短めの映画だが、映画を観ながら何度時計をチラチラと盗み見たことか! 早くこの不快感から解放されたい、早くこの映画に終わって欲しいという強い衝動が、どうしても時計を気にさせてしまうのだ。

 映画の邦題はシューマンのピアノ曲みたいでチャーミングだが、原題は「ブッダは恥辱のために崩れた」という物騒なもの。これは監督の父モフセン・マフマルバフの著書からの引用だ。世界はアフガニスタンの石仏がタリバンに破壊されたことには怒りの声を上げたが、同じ国で同じ時期、戦争や干ばつにより大勢の人たちが死に瀕していることは無視した。世界がアフガニスタンを無視するなら、バーミヤンの石仏はこれから何度でも、恥辱のために崩れなければなるまい。

 目を背けてはならない。この映画は間違いなく傑作である。

(原題:Buda as sharm foru rikht)

4月18日公開予定 岩波ホール
配給:ムヴィオラ、カフェグルーヴ
2007年|1時間21分|イラン、フランス|カラー|1:1.85
関連ホームページ:http://kodomo.cinemacafe.net/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:子供の情景
関連DVD:ハナ・マフマルバフ
関連DVD:マフマルバフ・ファミリー
関連書籍:アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ
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