アライブ

―生還者―

2008/11/11 映画美学校第1試写室
航空機事故で奇跡的に生き延びた若者たちの過酷な選択。
映画『生きてこそ』のモデルたちが生証言。by K. Hattori

生存者―アンデス山中の70日 (1974年)  1993年のハリウッド映画『生きてこそ』は、1972年に起きたウルグアイ機遭難事件の映画化だ。ウルグアイからチリに向かう飛行機がアンデス山中に墜落し、奇跡的に半数以上の乗客が生き残る。だが彼らを待っていたのは、雪と氷以外に何もないアンデスの山と、ラジオが伝える捜索打ち切りのニュース、そして耐えようのない饑餓だった。わずかな食料は最初の数日ですべて食べ尽くされ、生存者たちから事故から10日目になって、座したまま餓死するよりは、生き延びるために死者の肉を口にすることを選んだ。敬虔なカトリック信者でもある生存者たちは、この行為をイエス・キリストが弟子たちに自らの血と肉を分け与える「聖餐」になぞらえた。事故から70日以上たってようやく救出された彼らは、極限状態を生き延びたことに対する賞賛と、人肉を食べたことに対する非難の両方にさらされることになる……。

 映画『アライブ ―生還者―』は事件から35年を経た生存者たちのインタビューを通して、事件の全貌を再び再現していくドキュメンタリー映画だ。本人や関係者たちのインタビュー映像の他に、事件の再現映像、当時のニュースフィルムなどで構成されているオーソドックスなドキュメンタリーだが、映画独自の趣向として、生存者や遺族たちが35年ぶりに現地を訪れる慰霊登山の様子が挿入され、この中でインタビューがいくつか行われている。事件の当事者が、現地に行ってインタビューに答える臨場感。インタビューを受ける生存者のロベルト・カネッサが、受け答えの合間に足もとの雪を指先でつまんで口に放り込む。彼らは35年前にもこの同じ場所で、飢えを紛らわせるために周囲の雪をむさぼり食ったことだろう。雪を食べるという小さい仕草が、時間を超えて35年前と現代とを結びつける。

 人間にとって死はいつでも理不尽なものだ。ほんの少しの偶然が生と死を分ける大規模災害や事故の場合、その思いはますます強くなる。ある人は生き、ある人は理不尽に殺される。その違いはどこにあるのだろうか? だがこの映画を観ると、人間にとって「生きること」もまたひどく理不尽なものに思えてならない。

 事故の生存者たちはたまたま偶然生き延びてしまったがゆえに、死んだ友人やその家族の肉を食べて生き続けねばならない羽目になってしまった。彼らはその出来事から、一生逃れることはできない。ここでは人肉食のタブー云々は副次的なことだろう。それより生存者たちが仲間の「死」によって生かされているという現実が、いかにも重たい現実としてのしかかる。彼らはたまたま生き延びただけではない。彼らが仲間を殺したわけではないにせよ、彼らは仲間が死ななければその後を生きていくことができなかったのだ。ひとつの命が絶たれて、別の命が長らえる。その選択はまったくの偶然なのだ。理不尽で暴力的な「生」と向き合い生き延びた人たちが、ここにいるのだ。

(原題:Stranded: I Have Come from a Plane That Crashed on the Mountains)

2009年春公開予定 渋谷アミューズCQN
配給:熱帯美術館、グアパ・グアポ
2007年|1時間53分|フランス|カラー、モノクロ|ビスタ|ステレオ
関連ホームページ:http://www.seikansha.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:アライブ/生還者
関連DVD:ゴンサロ・アリホン監督
関連DVD:生きてこそ(1993)
関連書籍:生存者(P・P・リード)
関連書籍:アンデスの聖餐(クレイ・ブレアJr.)
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