この自由な世界で

2008/06/27 松竹試写室
労働者派遣業を始めたシングルマザーの奮闘記。
見応えのあるケン・ローチ作品。by K. Hattori

 ロンドンの下町で暮らすアンジーは海外で雇った労働者をイギリスに派遣する会社で働いていたが、熱心な働きぶりがまったく認められないまま突然解雇されてしまう。シングルマザーの彼女に経済的な余裕はない。彼女は勤めていた会社で身に着けたノウハウを生かし、友人とふたりで労働者派遣のビジネスを立ち上げることにした。街中で仕事にあぶれてたむろしている東欧からの移民労働者をかき集め、各地の工場や作業現場に送り込むのだ。アンジーの当面の課題は、未登録のもぐり業者から正規の業者に格上げして自分と家族の生活を安定させること。そのためには短期間の内に、事務所を借りる金を貯めなければならない。アンジーは労働者に支払う賃金から、実際には納めていない税金や保険の名目で金をピンハネし始める……。

 ケン・ローチ監督の新作は、イギリスの移民労働者がモチーフだ。イギリスで仕事を得ようと、世界各地から集まってくる外国人たち。しかし彼らは仲介業者に搾取され、ろくな保証もないまま不安定で劣悪な労働環境に甘んじなければならない。労働市場の底辺を支える外国人雇用の実態を、この映画を通じて知ることができるわけだ。ローチ監督の作品はいつも、普通の人からは見過ごされがちな社会の裏側に目を向けている。社会派だ。とても勉強になる。

 しかし僕も含めて観客は、わざわざ「お勉強」のために映画を観ているわけではない。ケン・ローチの作品が面白いのは、そこに社会的なテーマがあるからではなく、物語の中心に切羽詰まった本物の人間ドラマがあるからなのだ。この映画では主人公アンジーを通して、人間の持つエゴイズムが大きくクローズアップされている。そのためのキーワードが、映画のタイトルにもなっている「自由な世界」だ。自由な世界では誰もが自分自身の責任と才覚で、自分自身の幸福を手にすることができる。もしそれに失敗したとしても、それは当人の自己責任だ。アンジーは自分自身の力で、労働者派遣のビジネスを立ち上げて成功する。仮に彼女が登録された労働者を搾取したとしても、それは彼女の責任じゃない。そんなものは搾取される側が悪いのだ。搾取されるのが嫌なら、アンジーを見習って自分が搾取する側に回ればいいではないか。

 アンジーは決して冷酷非道な悪人ではない。子供を愛し、困っている人を見れば手を差し伸べる、どちらかといえばお人好しで世話好きな女なのだ。働かずにブラブラしている夫に見切りを付けて、女手ひとつで息子を育ててきたという自負もある。勤勉に働くことは彼女にとって生きがいだし、そこで女を売りにしない潔さもある。しかしそんな彼女が仕事のために、血も涙もない守銭奴へと変貌していく。彼女は他人を搾取しながら、自分の中の何かを損なわせていくのだ。彼女の姿は我々の暮らす社会そのものと、いかに似ていることか……。

(原題:It's a Free World...)

8月公開予定 渋谷シネ・アミューズ
配給:シネカノン 宣伝:ムヴィオラ
2007年|1時間36分|イギリス、イタリア、ドイツ、スペイン|カラー|1:1.85|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.kono-jiyu.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:この自由な世界で
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