明日への遺言

2008/04/19 楽天地シネマズ錦糸町(スクリーン2)
大岡昇平の「ながい旅」を小泉堯史監督が映画化。
戦犯として処刑された岡田資中将の法戦。by K. Hattori

明日への遺言 オリジナル・サウンドトラック  戦後に行われた戦犯裁判で、自らの信念と主張を曲げることなく裁判を戦い抜いた岡田資(たすく)中将の姿を描いた法廷ドラマ。岡田中将は戦争末期に東海軍管区司令官を務めていたが、1945年5月の名古屋空襲の際、撃墜され捕虜となった米軍のB-29爆撃機搭乗員27名を自らの命令で処刑した罪を問われた。捕虜の扱いはジュネーヴ条約で厳格に規定されており、その処刑など許されてはいない。これに対して岡田中将は米軍の都市爆撃が国際法で禁じられている無差別爆撃であり、捕らえられた27名は捕虜ではなく戦争犯罪人であること、当時は連日のように空襲がある非常時であるため、罪状明白であるなら正式な裁判なしに略式の処分でも仕方がなかったと主張した。

 岡田中将の正々堂々とした主張は法廷にいたすべての人々を感服させ、他の同様の裁判では関係者が軒並み死刑判決を受ける中、この裁判では岡田中将のみが死刑判決を受けるにとどまった。責任逃れのために他人に罪を着せることが横行していた戦犯裁判の中で、自らの信じる正義を堂々と語り、自らを盾にして部下の命を守った岡田中将は、今なら差し詰め「理想の上司ナンバー1」にでもなりそうな人物だ。

 しかしそれを映画化するとなると、この理想的な人柄が少しアダになってしまう。主人公は映画が始まった最初の段階から、自らの運命を受け入れ、自らの命を投げ出す覚悟が固まっている。法廷でその姿を見守る家族たちも、静かで穏やかな悲しい微笑みを浮かべながら、そんな岡田中将の姿をじっと見つめるだけだ。主人公は決して取り乱さない。主人公の家族も事態の推移をただ淡々と見守る。しかし映画とは、ドラマとは、人間の葛藤を描くものではないか。主人公が最初から悟りの境地にいるようなこの映画に、いったいどんなドラマがあるのか。物語はただ淡々と裁判の進行を見つめ、主人公は淡々とその先にある自分の死を見つめている。その姿は崇高で気高い。でもこれほど立派な人物が主人公では、まるでドラマが成立しない。

 結果としてこの映画は、ひどく地味な印象になってしまう。この地味さの原因は、「法廷シーンばかりが続くから」でもなければ、「登場人物が男ばかりだから」でもない。この映画にはドラマがないから地味なのだ。大岡昇平の原作「ながい旅」は未読だが、どんな原作が下敷きになっているとしても、この映画についてはもう少し別の作り方があったように思う。一番簡単なのは、主人公を岡田中将を見つめる別の人物にすることだ。例えば家族、弁護人、検事、裁判官、他の被告たち、証言に立った空襲の被害者たち。彼らは岡田中将ほど、明鏡止水の境地には至っていない。そこでは様々な人間的葛藤が描けるはずなのだ。

 しかしこの映画はそうはせず、岡田中将にぴたりと照準を合わせることにした。これはこれでひとつの判断ではあるけれど、時々照準がずれるんだよなぁ……。

3月1日公開 渋谷東急ほか全国松竹東急系
配給:アスミック・エース
2007年|1時間50分|日本|カラー|ヴィスタサイズ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.ashitahenoyuigon.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:明日への遺言
サントラCD:明日への遺言
主題歌CD:ねがい(森山良子)
原作:ながい旅(大岡昇平)
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