2003年5月4日。2週間前に胃の不調と足の腫れで病院を訪れたフォト・ジャーナリスト、グレッグ・デイビスが54歳の若さで急死した。死因は肝臓ガン。妻であり仕事のパートナーでもあった坂田雅子は、夫の突然の死に呆然とする。なぜ夫は死んだのか。なぜガンはこうも急激に、夫の体を蝕んでしまったのか。彼女はそこで友人から、原因は彼がベトナム戦争時代に浴びた枯葉剤ではないかと指摘される。
枯葉剤の話なら、確かに夫から聞いたことがある。グレッグは10代終わりから二十歳になるまでの3年間を、米軍の兵士としてベトナムの戦場で過ごしているのだ。従軍中に何度か枯葉剤の散布を受けた彼は、除隊後に雅子と知り合い結婚しても、枯葉剤の影響を恐れて子供を作ろうとはしなかった。その後33年に渡る夫婦の暮らしの中で、枯葉剤の話がそうたびたび出てきたわけではない。しかし枯葉剤は30年かけてグレッグの体を蝕み、命を奪い取っていった。本作『花はどこへいった』は、監督の坂田雅子が夫を奪った枯葉剤の正体を突き止めるために作ったドキュメンタリー映画。しかし取材の旅は、若き日の夫の足跡をたどり、ふたりで歩んできた道のりをたどる鎮魂の旅となった。
枯葉剤についてのドキュメンタリー映画に、僕自身はあまり興味がない。枯葉剤が人体に与える害についてなら、ベトナムから治療のために日本を訪れたベトちゃんドクちゃんの例を通じて知っている。ベトナムには枯葉剤の影響で生まれたとされる先天性異常の子供たちが大勢いて、そうした人たちが気の毒だと思う一方で、そうした人たちが自分たちとどういう関わりを持つのかピンと来ないのも事実なのだ。この映画のキャッチコピーは、「ベトナム戦争のことを知っていますか」だが、仮に知っていたからといってそれがどうしたのだ?
この映画が感動的なのは、この映画がグレッグ・デイビスというひとりの男の人生と死に焦点を当てて、そこから軸足を動かさないからだと思う。彼は坂田監督の夫だった。監督は取材を通して、夫グレッグが見たであろう風景をたどり、夫グレッグがくぐり抜けてきた地獄を想像する。枯葉剤を浴びたベトナムの人たちは、夫と同じ地獄をくぐり抜けてきた仲間たち。取材する坂田監督と取材されるベトナムの人々は、グレッグ・デイビスという男の死を通してひとつに結びつけられる。
この映画には大勢の障害を持った子供たちが登場するが、その子供たちを見つめるカメラの視線がじつに優しい。それは哀れみや同情ではなく、子供たちの姿を本当に愛おしく思っているに違いない視線なのだ。枯葉剤の影響を恐れて子供を作らなかったグレッグと坂田監督にとって、障害を持った子供たちの存在は、自分たちにとってあり得たかもしれないもうひとつの人生の姿でもあるのだろう。
(英題:Agent Orange - A Personal Requiem)
DVD:花はどこへいった
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