ねこのひげ

2008/03/19 映画美学校第2試写室
互いの家庭を捨てて同棲を始めた30代カップル。
その心の揺れを繊細に描き出す。by K. Hattori

 雑誌編集者のえりと脚本家の賢治は、互いに別々の家庭を持ちながら惹かれ合い、それぞれ離婚して今は小さなマンションで同棲生活をしている。始めのうちは賢治の離婚がなかなか成立しないこともあり、世間で言えば不倫同棲に甘んじざるを得ないところもあったのだが、いざ賢治の離婚が成立しても、ふたりは改めて入籍する踏ん切りが付かないままだ。自分たちの気持ちのままに行動して、多くの人を傷つけてきた。それがふたりにとって、大きな心のしこりになっている。お互い元には戻れない。かといって、このままふたりで先に進むこともできない。日々の生活に流されながら、どこにも行けないふたりの日常は淡々と過ぎていく……。

 主人公の賢治を演じた大城英司が企画・製作・脚本を担当し、自主製作映画『ある探偵の憂鬱』の矢城潤一監督が演出を担当。登場人物の数はそれなりに多いのだが、常に物語を主人公たちの視点から描くという姿勢を徹底させることで、ストーリーの運びがぶれなくなっている。物語の時間軸は、緩やかにふたりの現在から未来へと向かって流れるのだが、その合間に過去のいきさつがインサートされていく構成。映画のラストシーンはストーリーの上でのラストシーンと一致しているが、途中は結構あちこちに話が飛んで、時間は一直線に進まない。でもそうした現在と過去の堂々巡りが、そのまま主人公たちの気持ちの堂々巡りと重なり合っていく。

 この映画は「結婚とは何だろう?」という物語かもしれない。主人公たちふたりは3年の同棲生活を経て、自分たちはもう結婚しないのかもしれないと思い始めている。この映画の中で、賢治の離婚が成立したことで何かが変わったのか? 何も変わっていない。ひとつの結婚が解消しても、それによって何かが劇的に変化するわけじゃない。だとしたら、ひとつの結婚が成立したとしても、それによって何かが劇的に変化するわけではないだろう。賢治の離婚のエピソードは、「結婚したら何が起きるか?」という問いへの裏返しの答えなのだ。賢治とえりは、結婚しても変わらない。なら、いっそのこと結婚しなくてもいいのかな?

 しかしこの映画は、結婚に変わる何らかの新しい男女関係や家族のあり方を訴えるものではない。むしろ結婚の意味を、新たに問い直していこうとする物語ではないだろうか。結婚によって、それまで水平関係にあった男女の関係が、より大きな垂直の人間関係に取り込まれていくのだ。そのひとつの象徴が、映画の最後に出てくる婚姻届の保証人欄だ。ここで大切なのは、婚姻届という1枚の紙切れじゃない。そこで表されている、家族の新しいつながりや関係性なのだ。

 この映画の抜け目ないところは、同じマンションに住む同性愛者のカップルを登場させて、結婚という関係を最後には相対化していくことだ。これは主人公たち自身が考えて出した結論であって、それがすべての人に適応できるわけではないようだ。

4月19日公開予定 シアター・イメージフォーラム
配給:太秦株式会社
2005年|1時間40分|日本|カラー|ビデオ
関連ホームページ:http://necohige.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ねこのひげ
エンディング曲「今がよければ」収録CD:影法師(Emi with 森亀橋)
エンディング曲「今がよければ」収録CD:Rembrandt sky(Emi with 森亀橋)
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