つぐない

2008/03/03 東宝東和試写室
幼い少女の無知と嫉妬が若い恋人たちを破滅させてしまう。
サウンドトラックが重大な伏線に。by K. Hattori

 舞台は20世紀初頭のイギリス。大きな屋敷で暮らす上流階級の娘セシーリアと、屋敷で働く女中の息子ロビーは幼なじみ。やがてふたりは愛し合うようになるが、セシーリアの妹ブライオニーの心に植え付けられた誤解が発端となって、愛するふたりは引き離される……という悲恋物語。イアン・マキューアンの小説「贖罪」を『プライドと偏見』のジョー・ライト監督が映画化したもので、ヒロインのセシーリア役を『プライドと偏見』に引き続いてキーラ・ナイトレイが演じている。ロビーを演じるのはジェームズ・マカヴォイ。幼いブライオニーを演じたシーアシャ・ローナンは、この映画でアカデミー賞の助演女優賞候補になった。

 物語の概略だけを見れば、これは身分違いの恋人たちが仲を引き裂かれ、やがて戦争に翻弄されていくメロドラマだ。しかし映画の最後になって、こうした物語の枠組みがガラガラと音を立てて崩壊する。それまで信じていた物語が、足もとから崩れ去り、消えてゆくような感覚を味わう羽目になるのだ。同じような衝撃は『シックス・センス』や『ユージュアル・サスペクツ』の時にも味わったのだが、『つぐない』にはスーパーナチュラルもサスペンスも存在しない。映画の最初から観客にそれとなく伝えられていた要素が、映画の最後にピッタリと寄せ集められて、それまでとはまったく違う絵を作り出す醍醐味。

 映画の中で圧巻なのは、戦場に送られたロビーが、ダンケルクの戦いでたどり着いた海岸の風景。長い海岸線一杯に兵士たちが集められ、ある者は泣き叫び、ある者は酒によってはしゃぎ回り、ある者は聖歌を歌いながら救助の船を待ち続けている。この場面は移動カメラの長回しでロビーの動きを追いながら、この長い長い移動撮影と、音楽、効果音などがピッタリと重なり合って、地獄絵図のような風景の中に映画ならではの美的空間を作り出しているのだ。

 僕はこのシーンを見て、フランドルの画家ヒエロニムス・ボスの代表作「快楽の園」を思い出した。これは「快楽の園」でボスが描いた、地獄の風景そのものではないか。だとするなら、映画の導入部で描かれたタリス邸での主人公たちは、エデンの園のアダムとイブだろうか。楽園で結ばれたセシーリアとロビーだが、それが公になったことでふたりは荒野に追われるのだ。セシーリアはイブで、ロビーはアダム。ならば楽園追放のきっかけを作ったヘビはブライオニーだ。ヘビはイブを誘惑して禁断の実を食べさせるが、ブライオニーは1通の手紙を使ってセシーリアに働きかける。これは人間の楽園追放のきっかけを作ったヘビが、いかにして許しを請うかという物語なのかもしれない。

 タイプライターの音など、現実音を巧みに取り込んだ音楽がよくできている。僕はこの映画で、久しぶりに映画における音楽のパワーを感じた。アカデミー賞で作曲賞を受賞したのも納得だ。

(原題:Atonement)

4月12日公開予定 新宿テアトルタイムズスクエアほか全国順次公開
配給:東宝東和
2007年|2時間3分|イギリス|カラー|ヴィスタサイズ|ドルビーSRD、DTS、SDDS
関連ホームページ:http://www.tsugunai.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:つぐない
DVD (Amazon.com):Atonement (Widescreen Edition)
DVD (Amazon.com):Atonement (Full Screen Edition)
DVD (Amazon.com):Atonement (HD DVD and DVD Combo) [HD DVD]
サントラCD:つぐない
サントラCD:Atonement
原作:贖罪(イアン・マキューアン)
原作洋書:Atonement (Ian McEwan)
関連DVD:ジョー・ライト監督
関連DVD:キーラ・ナイトレイ
関連DVD:ジェームズ・マカヴォイ
関連DVD:シーアシャ・ローナン
関連DVD:ロモーラ・ガライ
関連DVD:ヴァネッサ・レッドグレイヴ (2)
関連DVD:ブレンダ・ブレッシン
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