フィリップ・プルマンのベストセラー小説「ライラの冒険」シリーズを、『アバウト・ア・ボーイ』のクリス・ワイツが脚色・監督したファンタジー映画。原作はこの「黄金の羅針盤」を皮切りに、「神秘の短剣」「琥珀の望遠鏡」へと続く3部作。映画も原作に沿って進行していくのだとしたら、この1作目はまだ物語のほんの入口に過ぎない。そのためこの1作だけをつかまえて、面白いとか詰まらないと言い切ってしまうことは避けるべきなのかもしれない。もっとも『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』のように、原作は長く続いているのに映画が途中で放り出されている(放り出さざるを得ない)例もあるにはあるけれど……。
この映画についてはエピソードが山盛りで登場人物も多いわりに、不思議と映画を観終えた後の充実感に乏しい印象を受けた。長い原作を2時間弱にまとめるため、かなり展開が駆け足になっているのだろう。個々のエピソードを味わう前に、話が次に進んでしまう。ヒロインの少女ライラを襲う危機の数々も、ハラハラドキドキする間もなくどんどん解決してしまう。
映画におけるサスペンスとは、「思わせぶり」と「じらし」の芸術だ。その点でサスペンスは、ダンサーが音楽に合わせて1枚ずつ衣服を脱ぎ捨てていくストリップに近いとも言える。ところがこの映画は限られた時間で物語を消化するため、サスペンスに時間を費やす余裕がない。危機やその回避も絵として説明はされているが、テンポが早すぎて「思わせぶり」にハラハラする暇もなければ、「じらし」にドキドキする余地もない。これではストリップショーで、ダンサーが最初から一糸まとわぬ姿でステージに飛び出してくるようなものだ。「裸が見られりゃそれでいい」という人もいるのかもしれないけど、エンタテインメントというのはそういうものではないような気が……。
僕は原作未読なので、この映画がどの程度原作に忠実なのか判断することはできない。ひょっとしたら原作のファンは、この映画が原作通り忠実に映画化されていることを喜ぶのかもしれない。しかし2時間の映画としてこれを観るなら、映画はロジャー救出に焦点を絞ってエピソードを再構成した方がよかったように思う。例えば僕がこの映画で欠点のひとつだと思うのは、シロクマ同士の王位を賭けた戦いと最後の決闘シーンの距離が近すぎて、どちらの印象も弱まっていること。全体に人物の出し入れが煩雑で、キャラクターの印象も薄くなっているようにも思う。
「指輪物語」のように世代を越えた熱狂的ファンがいる作品は、確かに内容をいじりにくいだろう。「ハリポタ」のような未完の小説を映画化するときも、内容をいじりにくいのはわかる。でも「ライラの冒険」は既に完結しているのだから、調節は可能だったはず。欧米の映画では、聖書ですらかなり大胆に脚色してきた伝統も持っているんだけどなぁ……。
(原題:The Golden Compass)