1987年のルーマニア。大学生のオティリアは望まぬ妊娠をしたルームメイトのガビツァに中絶手術を受けさせるため、朝から寮内を奔走していた。当時のルーマニアは労働人口を賄うための人口増加政策を採っており、中絶手術は厳重に禁止されていた。ガビツァの手術も当然違法なものだが、彼女は自分の友人の紹介でモグリの堕胎医と連絡を取り、その日の午後にホテルの一室で手術を行う予定になっていたのだ。体調の優れない彼女にかわって予定されたホテルに出向いたオティリアは、その後、自分の身に何が起きるかをまったく知らなかった……。
カンヌ国際映画祭のパルムドールをはじめ、世界各地の映画祭で高い評価を受けたルーマニア映画。登場人物はふたりのヒロインを含めてごく少数で、映画の中で描かれている時間も1日に限定。その中で、あっという間にヒロインを追い詰めていく脚本の残酷さ。しかしここに描かれているのは、共産主義体制末期のルーマニアで実際に多くの女性が体験した物語なのだという。監督のクリスティアン・ムンジウは1968年生まれで、この映画で描かれている時代にまさに学生時代を送っていた世代。学生時代の彼の周囲では、女性たちが違法に中絶手術を受けていることは公然の秘密になっていたという。
人工妊娠中絶に対しては倫理的な反感を持つ人も多いだろうし、現在の日本のような社会においては、そうした反発にも十分な意味があるものだと思う。僕自身は、中絶が女性にとっての当然の権利だという一部フェミニストたちによる主張には疑問を持っている。しかしこうした主張の正当性も、時と場合によるのだ。この映画に登場する1980年代のルーマニアに、中絶以外に女性が身を守る方法があるだろうか? 映画の中では、当時のルーマニアで女性が望まぬ妊娠を強いられている現実がリアルに描かれている。ヒロインのオティリアが自分の恋人に対して、「私が妊娠したらどうする?」と問う場面は観ていて痛々しいほどだ。ガビツァを妊娠させた相手が映画に登場せず、そのことについて映画の中で一言も触れられていないことも物語のポイントのひとつだと思う。
映画の中にはチャウシェスク政権末期のルーマニアの様子がかなり細かく再現されているのだが、特に印象的なのは官僚的なホテル受付の対応ぶりだろう。ここには「客商売」という概念が存在しない。これでは国が破産するわけだし、革命だって起きるだろう。しかし共産主義政権下だからといって、世の中全部が真っ暗闇というわけではない。荒涼とした世界の中でも、人々はプライベートな領域で生き生きとした日々の生活を送っている。寮の一室でブランド品の品定めをする学生たち。誕生パーティに集まる親族たち。結婚式を行うカップル。こうした明るく温かな日だまりのような場面とヒロインたちの立ち向かう現実が、切れのいいコントラストを生み出している。
(原題:4 luni, 3 saptamani si 2 zile)
DVD:4ヶ月、3週と2日
DVD (Amazon.com):4 Months, 3 Weeks and 2 Days DVD:クリスティアン・ムンジウ DVD:アナマリア・マリンカ DVD:ローラ・ヴァシリウ DVD:ヴラド・イヴァノフ DVD:アレックス・ポトシアン |