ふみ子の海

2007/09/19 松竹試写室
昭和の初めに貧しさゆえ盲目となった少女が健気に生きる。
心を打つエピソードが幾つかある。by K. Hattori

 昭和初期の新潟。幼い頃に病気で盲目となったふみ子は盲学校への入学を願うが、貧しさゆえにそれはかなわない。貧しさに苦労する母を助けるため、勉強する夢を捨て、按摩になることを決意するふみ子だったのだが……。

 原作者の市川信夫は新潟出身の教育者で、映画にも登場する高田盲学校で教えていたこともあるという。「ふみ子の海」は高田盲学校で市川の同僚だった粟津キヨさんをモデルにした小説だが、物語は彼女の伝記というわけではなく、ヒロインのふみ子には同じ時代に生きた目の不自由な人々、とりわけ女性たちの生き方が投影されている。

 この時代、目の見えない新潟の女性が生きていく道はふたつしかなかった。ひとつは鍼灸マッサージの技術を身につけて按摩になることで、もうひとつは瞽女(ごぜ)と呼ばれる放浪の芸人になることだ。どちらの道を選ぶにせよ、そこには厳格な徒弟制度による辛い修行の日々が待ちかまえていた。ふみ子のモデルである粟津キヨさんは、映画のように按摩の内弟子になったわけではなく、盲学校で鍼灸や按摩の技術を学んでいる。しかしこの映画の中では、あえて主人公のふみ子を按摩の内弟子にさせて、今では消えてしまった按摩修行を再現しているのだ。幼いふみ子が自分と同年配の瞽女の少女に出会うエピソードも、今では消えた盲人の文化を物語の中に記録しておきたいという作り手の意志によるものだろう。原作者の市川信夫は高田瞽女の研究者でもあり、この映画でも瞽女の演奏シーンの監修を受け持っている。

 ひとりの少女が苦労の末に盲学校に入学するまでの物語だが、描かれているのは瞽女や按摩などの盲人文化であり、盲人を中心にした人間同士の交流のドラマだ。ふみ子が按摩修行をするシーンや、按摩屋の仕組みなどはじつに面白く観られる。客の付かないふみ子を見かねて先輩の少女が少し金を融通すると、高橋惠子扮する按摩の師匠が「めくらがめくらをだましたら、私たちは一体誰を信じりゃいいんだ!」と烈火のごとく怒るシーンは印象的だ。盲人は他人にだまされる、ごまかされる、それでも我慢して生きていかなきゃならない。だからこそ盲人同士は絶対にごまかしのない、正直な関係を作らなければならないのだという、この師匠の哲学であり叫びなのだ。

 昭和初期の風俗や風景はよく描けている映画だが、ストーリーの運びにはやや無駄も多く感じられる。近藤明男監督の演出は概ね安定しているし、時には大きな感動を生むシーンもあるのだが、画面作りが平面的で物語のドラマチックさを生かし切れていないシーンも多々ある印象。映画の中でもここ一番という重要な場面で、人物の並びや画面構成が平板で、舞台中継のようになってしまうのだ。ただしふみ子を演じた鈴木理子のひたむきな演技や、ロケやセットを十分に生かした美術スタッフの丁寧な仕事もあって、映画の印象自体は悪くないものになっている。

10月公開予定 シネスイッチ銀座
配給:パンドラ、シネマ・ディスト
宣伝:プランニングOM、ライスタウンカンパニー
2006年|1時間45分|日本|カラー|ヴィスタサイズ|ステレオ
関連ホームページ:http://www.fumikonoumi.com/
DVD:ふみ子の海
原作:ふみ子の海(市川信夫)
関連書籍:光に向って咲け―斎藤百合の生涯(粟津キヨ)
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