白い馬の季節

2007/06/18 松竹試写室
草原の砂漠化で伝統的生活から離れるモンゴル騎馬民族。
伝統を容赦なく破壊する近代化のうねり。by K. Hattori

 見渡す限りの荒れ地が広がる、中国・内モンゴルの高原地帯。先祖代々遊牧の仕事をしているウルゲンは、干ばつで干上がった牧草地を前にして何もすることができない。かつては大草原で数多くの家畜を飼い、家族と共に豊かではなくとも満ち足りた生活を送ることができた。だが今は毎日のように餓死する羊を数えるばかりだ。ひとり息子を学校にやる金もなくなった。仲間の遊牧民たちは次々に伝統的な遊牧の仕事を捨てて、街に移住している。ウルゲンは厳しい中でも、何とか伝統的な生活を守ろうと苦労するのだが……。

 『天上草原』のモンゴル人俳優ニンツァイが、自ら脚本・監督・主演を兼ねた監督デビュー作。『天上草原』で共演したナーレンホアが、今回も主人公の妻役で出演している。(このふたりは、実生活でもパートナーだという。)モンゴルの遊牧民といえば、青々と茂った草原を風のように馬で疾走する遊牧民の姿や、羊の肉と乳製品を中心とした食生活、円形のパオ(ゲル)と呼ばれるテントでの暮らしなどが、これまでにも映画やテレビでしばしば紹介されてきている。しかしこの映画に登場する遊牧民の暮らしは、それとは大違いだ。遊牧生活を支えていた草原は干ばつで消え去り、かといって別の牧草地を探して移動することも政府の方針で禁じられている暮らし。干上がった荒れ地にやせ細った家畜と共に残された遊牧民は、そこで自らも干上がって死ぬのを静かに待っているしかない。少なくとも、遊牧生活にこだわればそうなるしかない。干からびた土にわずかに残るやせ細った草では、とても大きな家畜の群れは維持できないのだ。

 土地の使用や移動を制限されることで伝統的な暮らしから離れていかざるを得なくなるモンゴル人の姿は、アメリカ開拓時代のインディアンに重なり合う。広大な土地で狩猟生活を送っていたインディアンは、土地を開墾し、農地にして定住生活をする白人たちと対立して、結局は土地を追われ、狭い居留地の中で暮らさざるを得なくなってしまう。内モンゴルも同じだ。大量に移住してきた中国人(漢族)は、牧草地を開墾するため遊牧民を追い払った。だが高原の薄い表土は農業に適さず、農民たちは早々に農業を放棄。しかし一度掘り返して流れ出した表土は元に戻らず、放棄された農地は草原に戻ることはない。世界的な気象の変化などもあり、草原に虫が食ったようにできた荒れ地はどんどん周囲を浸食していく。政府は草原の砂漠化を防ぐため残された草原に有刺鉄線を張り、家畜が残った草を食べ尽くしてしまわないようにした。

 モンゴルの遊牧民たちは、居留地への移住を迫られているわけではない。彼らが移動生活を捨てた時点で、そこが彼らの居留地になってしまったのだろう。この映画に登場するようなことが、内モンゴルの遊牧民のすべてだとは思わない。しかしこの流れは、決して後戻りできないはずだ。遊牧民の暮らしは過去のものになったのだ。

(原題:季風中的馬 Season of the Horse)

10月6日公開予定 岩波ホール
配給:ワコー、フォーカスピクチャーズ 配給協力:グアパ・グアポ
2005年|1時間45分|中国|カラー|1:1.85|ドルビーSR
関連ホームページ:http://www.focus-pictures.com/
DVD:白い馬の季節
関連DVD:ニンツァイ監督
関連DVD:ナーレンホア
関連DVD:チャン・ランティエン
関連DVD:天上草原
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