イラク ―狼の谷―

2007/04/25 映画美学校第2試写室
トルコの元諜報部員がイラクでのアメリカの暴虐を撃破。
これはイラク戦争の痛烈なパロディだ。by K. Hattori

 世界中で顰蹙を買いながら、いまだ解決のめどすら立たないアメリカのイラク統治政策。出口の見えない状況下でアメリカ軍の士気は下がり、規律は乱れ、それがまたアメリカに対する風当たりを強くしている。アメリカのイラク戦争を支持したイギリスでは、首相の支持率が地に落ちて、ついにブレア首相退陣という状況にまで追い込まれている。アメリカも次の大統領選挙では、政権が野党の民主党に移るだろう。ブッシュ大統領は残る任期中に何とかイラク問題に解決の糸口程度は見つけ出そうと、イラクへの大量増派を実施。これがまた世界の反発を招いている。何をしても打つ手なし。どんな手を打とうと、アメリカは悪循環の中から抜け出すことが出来ない。

 そんなイラクの惨状に対して、トルコの英雄がたったひとりで立ち向かう。それが本作『イラク ―狼の谷―』だ。トルコの元諜報部員だったポラット・アレムダルが、アメリカ軍を影で牛耳る元軍人と対決するのだ。物語の筋立ては、はっきり言ってマンガそのもの。イラクにおけるアメリカの失敗をひとりのアメリカ人元軍人とその部下たちにすべて押しつけて、この男さえ倒せばすべて解決するかのような描き方になっているのだ。しかしこうした物事の単純化や対立の図式化は、どんな映画でも多かれ少なかれ行っていること。この映画はその単純な図式化が、少々行き過ぎているだけなのだ。

 映画に登場するアメリカ軍の蛮行は、日本でもマスコミに取り上げられた大小の事件をモデルにしている。こうした細部において、物語は「実話」なのだ。アメリカ兵が民間人を射殺したり、捕虜を虐待したりする姿には異様な迫力とリアリティがある。活字で読むだけでもうんざりさせられる血なまぐさい事件が、映画のスクリーンに生々しく再現されているのは観ていても辛い。しかしこの映画は、それをすべてひとりの黒幕に結びつけてしまうことで、描写がいかに生々しくとも、物語としては荒唐無稽な嘘になっている。ひとつひとつのエピソードが、描写と物語とに引き裂かれて分裂しているのだ。それがこの映画にとっての欠点だろう。

 もともと主人公のポラット・アレムダルを主人公にしたテレビシリーズに人気があり、その劇場版として製作されたのが本作だという。要は『踊る大捜査線 THE MOVIE』みたいなものだ。トルコの観客は登場人物にあらかじめ馴染みがあるので、この映画の「分裂」はさほど気にならないのかもしれない。

 黒幕のアメリカ人を演じているのは、『タイタニック』の敵役でもあったビリー・ゼイン。この男がキリスト教原理主義者に設定されていることで、観客はこの悪党の後ろにいる原理主義者の現職アメリカ合衆国大統領の顔を嫌でも連想することになる。主人公に倒された悪党は、ニヤニヤ笑いながら死んでいく。彼は「聖戦」を戦い抜いて異教徒の刃に倒れ、死後は天国に行けると確信しているのかもしれない。

(原題:Kurtlar vadisi - Irak)

初夏公開予定 銀座シネパトス
配給:アット・エンタテインメント
2006年|2時間2分|トルコ|カラー|ビスタサイズ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.at-e.co.jp/ookami/
DVD:イラク―狼の谷―
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