パプリカ

2006/10/23 SPE試写室
夢の中を駆け抜けるスーパーヒロイン、パプリカ登場!
筒井康隆の原作に今敏が挑戦する。by K. Hattori

 筒井康隆の同名小説を、『千年女優』や『東京ゴッドファーザーズ』の今敏監督が長編アニメーション映画化。原作は未読だが、精神療法のカウンセラーがハイテク機器を使って他人の夢に侵入するというアイデアと、この装置を使って夢の世界から個別に人間を支配するという展開は面白い。精神医料研究所からDCミニという最新装置を盗んだ犯人を探すミステリーと、犯人を追跡するために他人の夢の中に侵入していくアドベンチャーの融合。しかし映画は「夢」の描写に力を入れて、ミステリーの側にはあまり強い関心を払っていないように思える。ヒロインのパプリカと千葉敦子の関係性や、登場人物それぞれが抱えている多種多様なコンプレックスなど、ドラマの核や種になりそうな部分はたくさんある。しかし映画はそうした部分をすべてあっさり切り捨て、ビジュアル面での面白さを追求しようとしている。つまりスクリーンの上に、「夢」を再現することだ。

 ところがこの「夢」の映像化というのが、じつは結構厄介なのだ。現実の空間が虚構と入り交じり、人物が入れ代わったり一体化したり分裂したりという描写そのものは、今敏監督の『パーフェクト・ブルー』や『千年女優』にもあったものではないか。こうした過去の作品と比べて、今回の映画が特に素晴らしい映像のイリュージョンを見せているとは言い難い。しかし結局これは、アニメーションという映像メディアの宿命なのかもしれない。画面に登場するあらゆる物事をあらかじめ100%計画しておくアニメーションは、映像メディアの中でも特に理性的な表現なのだ。そこではいかなる無秩序も、混沌も、不条理も、すべて作り手のコントロール下にある。この映画に登場する悪夢は、何から何まで計算ずくの悪夢。奔放なイメージの氾濫と洪水は、テーマパークののアトラクションのように絶対安全な見世物になってしまったのだ。

 現実が夢に浸食されていくクライマックスは、そこで起きている事件の派手さに比べて全体にのんびりムード。ここには現実世界が悪夢に飲み込まれていく危機感が微塵もない。この映画では、今敏監督のこれまでの作品と異なり、現実世界をリアルにアニメ化したスーパーリアリズム描写があまり見られない。精神医料研究所は我々の知る日常や現実とは距離があるし、さびれた遊園地も、理事長の豪邸も、刑事の仕事部屋も、映画を観る我々と映画の中の世界をつなぐフックになっていない。この映画は描かれる「現実」の世界が弱々しいのだ。ならばそれが夢に飲み込まれたからとて、まるで構わないのではないか?

 狂気に飲み込まれる恐怖は、正気の世界に留まりたいという欲求があって始めて生まれるもの。僕なら夢の世界で、夢の女パプリカとお喋りしたりデートしたりするほうが楽しいかもな〜と思うし、夢の中で映画の主人公になるのも悪くないように思うのだ。取り戻すべき現実を、もっと魅力的に描いてほい。

お正月第1弾公開予定 テアトル新宿ほか全国公開ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2006年|1時間30分|日本|カラー|ビスタサイズ|SR、SRD、DTS
関連ホームページ:http://www.sonypictures.jp/movies/paprika/
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