アガサ・クリスティーの

奥さまは名探偵

2006/07/14 メディアボックス試写室
英国ミステリーをフランスで映画化したコミカルな素人探偵もの。
主演のカトリーヌ・フロがチャーミング。by K. Hattori

 ミステリーの女王と呼ばれるイギリスの小説家アガサ・クリスティーの人気シリーズ「おしどり探偵トミー&タペンス」の中の一篇「親指のうずき」を、現代フランスに翻案したミステリー・コメディ。犯罪捜査とは無縁の老夫婦が、好奇心からある事件に巻き込まれていく……という話は、ウディ・アレンの『マンハッタン殺人ミステリー』にもちょっと似ている。もっともこれは、アレンがクリスティを参考にしたということかもしれないけれど……。

 叔母の見舞いで高級養老院を訪ねたベリゼールとプリュダンスの夫婦が、そのしばらく後にホームから失踪した老婦人ローズの行方を追う。手がかりは残された1枚の絵。そこに描かれた風景に、プリュダンスは見覚えがあった。やがてこの家を突き止めた彼女は、かつて近くの村で起きた恐ろしい事件の真相へと近づいていく。

 物語は正直よくわからない。そもそも何が謎で、ヒロインのプリュダンスが何を求めてその謎を解明しようとしているのかがサッパリわからない。一応映画の中ではさまざまな説明がなされてはいる。でもそれが、なぜヒロインの興味を引きつけたのか。なぜ安全で平穏な日常をなげうって、危険でスリルに満ちた冒険の中に彼女が飛び込まなければならないのか。その動機付けが、どうにも弱く感じられてならない。『マンハッタン殺人ミステリー』のダイアン・キートンはそれなりに動機に説得力を感じたのだが、この『奥さまは名探偵』はそこがイマイチなのだ。

 そんなわけで物語にはまったく釈然としなかったのだが、登場人物たちは皆魅力的で、それがこの映画の面白さになっている。出演シーンが少ない人たちも、それぞれに個性たっぷりのクセモノぶりを発揮して、映画を観る人たちに忘れがたい印象を残す。例えば映画の最初に登場したきり、すぐに退場してしまう主人公たちの大叔母。ヒロインに悪態をつく、すさまじい意地悪ぶりにはつい笑ってしまう。奇行を繰り返す養老院の入居者たちも面白いし、謎の家のある村の住人たちも粒選りの個性派なら、主人公たちの娘家族、防衛関係の仕事をしているベリゼールの同僚たちも変人ばかり。どの人物もほとんどの場合出演シーンは1ヶ所か2ヶ所しかないのに、必要以上に、過剰で無駄な個性を発揮している。これだけ面白い人物たちが、映画の本筋にまったくからまないまま終わっている方が、物語本体の謎よりよほど謎めいている。いったいこれはナンナノダ?

 この映画で物語がわかりにくくなっている原因のひとつも、結局はこうした面白すぎる登場人物の大挙出演にあることは明らかだ。映画を観る人は登場人物の印象の強さに合わせて、その人物の物語中での重要度をランク付けするものだ。印象的な登場人物は、その後の物語で重要な役目を担い、印象の薄い人物はそのまま消えても支障がない。しかしこの映画は、そうしたセオリーをまったく無視してしまう。不思議な映画だ。

(原題:Mon petit doigt m'a dit...)

初秋公開予定 シネスイッチ銀座
配給:ハピネット 宣伝:セテラ・インターナショナル
2005年|1時間45分|フランス|カラー|1:1.85|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.okutan.jp/
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