花よりもなほ

2006/04/07 松竹試写室
『誰も知らない』の是枝裕和監督が時代劇に挑戦。
貧乏長屋の仇討ち騒動を描く。by K. Hattori

 江戸開府から百年。徳川幕府の治める平和な時代が長く続き、人びとは太平の世を満喫していた。こう平和が長く続くと、もともと戦闘集団だったはずの侍たちも、刀を振るう腕はなまり、武士として戦う気概も衰えてくる。しかしそんな世の中でも、刀を持って戦うことを強いられる侍がいた。身内を殺され、主君に仇討ちを命じられた者たちだ。江戸の貧乏長屋に暮らす青木宗左衛門も、父親を殺した仇を追って江戸に出てきた侍だ。剣術師範だった父の道場は弟が継いでいるが、父の仇を討たねば武士の面目が立たないと、親戚たちの鼻息は荒い。藩主も仇討ち成功のあかつきには報奨金百両を出すと、宗左衛門の仇討ち成功を後押ししている。ところが困ったことに、宗左衛門は剣の腕がからきしだった……。

 『誰も知らない』で一躍脚光を浴びた是枝裕和監督が、初めて挑んだ本格時代劇。ここで描かれる江戸時代は、面白さのためならありとあらゆる嘘が許される「何となく江戸時代」ではない。時は元禄15年。生類憐れみの令で有名な、将軍綱吉の治世だ。有名な赤穂義士の吉良邸討ち入りは、この年12月の出来事だった。物語は元禄15年の冬から春、夏から秋、そして再び冬へという1年間の流れを追いつつ、青木宗左衛門の仇討ちと、赤穂浪人たちの仇討ちという2つの仇討ちを同時進行させていく構成。時代考証がどの程度正確なのかはわからないが、「花見の仇討ち」などこれまで小説の中でしか観たことがなかった江戸風俗が見られるのが楽しいし、長屋の住人と大家の関係や、大都市江戸が巨大なリサイクル社会だったことなども丁寧に描かれていて、知識として知っていることも実際に絵として見せられることによって生まれる新鮮さが味わえる。

 この映画は黒澤明の作品から、大きな影響を受けているようだ。柱や建具がゆがんで今にも倒れそうな崖下の貧乏長屋は『どん底』だし、大きな時間の中で長屋に暮らしている人たち個々のエピソードを拾い上げていく手法は『赤ひげ』や『どですかでん』に似ている。まるで弱い男が自分よりはるかに強い男の討手になるなるという設定は、大洲斉監督の『ひとごろし』(1976年の松田優作主演作)や野村芳太郎監督の『初笑い・びっくり武士道』(1971年に同じ原作で作られた時代劇)に影響を受けているのかもしれない。宮沢りえが登場すると、そこは『たそがれ清兵衛』(2002年)になってしまうのだけれど……。

 これまでの是枝作品はシーンごとに特定の設定を作って俳優たちから即興の演技や台詞を引き出し、それをドキュメンタリー映画のように記録していくという手法が多かった。しかし今回は時代劇特有の決まり事も多いため、脚本と演技と演出はタイトに密着している。演出法を変えたことで、これまでの是枝作品にあった「空気感」が失われ、普通の映画になってしまったような気もするが、これはこれで監督の新たな挑戦の第一歩だ。

6月3日公開予定 全国松竹系
配給:松竹
2005年|2時間7分|日本|カラー|ヴィスタサイズ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://kore-eda.com/hana/
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