私をみつめて

2006/01/28 サンプルビデオ
10年の引きこもりから日常復帰した女性の記録。
製作は『ゆきゆきて、神軍』の原一男。by K. Hattori

 10年以上も自宅で引きこもり生活を送った女性のドキュメンタリー。自殺未遂を起こして病院に運ばれた彼女は、その後精神科への入院や通院を繰り返しながら、少しずつ自分自身の人生を取り戻していく。日本映画学校の学生たちが、卒業製作として製作した作品。製作は『ゆきゆきて、神軍』の原一男監督。監督は木村茂之。ドキュメンタリーの被写体として映画の前ですべてをさらけ出すのは河合由美子。今回は彼女自身からビデオを提供してもらって、この映画を観ることができた。

 被写体となった人物が単なる「取材対象」という立場を離れ、取材する側を挑発して映画の流れをリードしていく様子は、原監督の『ゆきゆきて、神軍』を連想させる。映像の組み立てや字幕の使い方などもかなり原監督タッチで、作り手の側がかなりその影響を受けているのか、あるいは製作者としての原監督の指導が行き渡っていることを感じさせる。しかしこうした形式はさておき、この映画の主役となる河合由美子という女性がかなり強烈なのだ。『ゆきゆきて、神軍』の奥崎謙三や『全身小説家』の井上光晴はそれ自体でかなり強烈な個性を映画から発していたわけだが、この映画の河合由美子もそれに負けない強烈な個性を発揮する。

 映画は彼女の自殺未遂騒動を紹介するパソコンディスプレイの文字から始まるのだが、その時の彼女を紹介する映画の中の肩書は「ネットアイドル」だった。容姿や年齢を偽って自作のホームページを立ち上げ、ネットで知り合った「恋人」と一度も直接会うことなく5年の交際をする。だが「恋人」から会いたいと迫られた結果、自分の嘘が破綻するのを恐れて自殺をはかる。それが失敗した後は精神病院への入院をきっかけに引きこもり生活から脱出し、原監督に直談判して自分の映画を撮らせてしまう。

 映画を観ていて伝わってくるのは、彼女が映画製作やカメラの存在という後押しを受けて、自らの引きこもり体験に何かしらの決着を付けようとしていることだ。彼女はカメラを同伴者として、引きこもり中には顔を合わせることのできなかった人たちに次々会っていく。同じ屋根の下で暮らしながら、なんと10年以上顔を合わせていなかった父親と真っ正面から怒鳴り合う。高校時代の同級生と再会する。ネットアイドル時代の友人と初めて実際に会う。そして「恋人」とも対面する。彼女はカメラを背中に、自分の引きこもり時代に失われた時間を取り戻そうとしているのだ。しかし通りすぎた時間は戻ってこない。しかしそれでも彼女は失った時間と失った人間関係を取り戻そうと、カメラの前でジタバタともがいてみせる。

 これはカメラの前で演じられる心理療法なのだ。彼女はカメラの前に立つことで、ズタズタに傷つきながらも前へ前へと進んでいく力を手に入れることができた。しかしカメラを自分を映す鏡にするこの方法は、誰にでもできるというものではなさそうだ。

2005年10月15日公開 ポレポレ東中野(レイト)ほか
配給:pulpnonfiction
2005年|56分|日本|カラー|スタンダード
関連ホームページ:http://www.k3.dion.ne.jp/‾watashi/
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