僕と未来とブエノスアイレス

2005/11/09 松竹試写室
舞台はブエノスアイレスのユダヤ人コミュニティ。
過去と和解して、人は未来を生きる。by K. Hattori

 ブエノスアイレスのユダヤ人街で生まれ育ったアリエルは、学校を出たあとも特に定職につくことなくブラブラしている。一応は母の経営する下着店を手伝ったりしているのだが、その仕事にはまったく身が入らない。現在の彼は自分自身のつまらない生活を抜け出すため、ヨーロッパに移住しようと考えている。ポーランド系ユダヤ人である彼は、書類を揃えてポーランド大使館でパスポートを発給してもらうことで、自分が本物のヨーロッパ人になれると考えたのだ。だがそんな彼のもとに、幼い日に家を出たきりイスラエルに移住してしまった父が訪ねてくる……。

 物語の舞台になっているガレリア(アーケード街)には、様々な商売を営む、様々な人たちが集っている。個性たっぷりのその顔ぶれや、そこで起きる事件の数々を、主人公の視点で描写していくのが映画の前半。映画の後半は、主人公と父親の和解がテーマになっている。映画には多くの人たちが登場するが、主人公がヒトサマの暮らしに過度に干渉したり詮索したりせず、人は人、自分は自分というあっさりしたスタンスを取っているのが面白い。登場人物のほとんどは舞台となっている商店街にのみ登場し、その家庭生活はほとんど描かれない。様々な店舗の中、店舗の店先、店舗にほど近い道路などが、この映画の8割ぐらいを占めているのではないだろうか。同じ商店街で顔を突き合わせる隣人同士でも、主人公は他人の家庭生活に口をはさまない。ガレリアに新しく店を出した韓国人カップルは、はたして夫婦なのか兄妹なのか、興味があっても聞こうとしない。それどころか彼は、自分のガールフレンドが結婚しているかどうかさえ相手に聞こうとしないのだ。

 この映画を観ていて気持ちいいのは、こうした人間同士の距離感だ。彼らは他人に対して無関心なのではない。同じ地区で暮らす隣人同士としての連帯感もあるし、強い仲間意識で結束してもいる。でもそれと私生活への介入は別問題。これがアルゼンチンという国の気質なのか、それともこの地域だけの気質なのかはよくわからないが、高度に発達した都市住人の暮らしがこうした人間関係を生み出している。いや、大したものです。ひょっとすると日本の都市部にも、似たような人間関係があるのかもしれない。狭い路地や長屋の壁をはさんで他人同士が暮らす下町などでは、他人の暮らし向きに意識的に無関心にならないと、人間関係がギスギスしてしまうのはどこも同じだろう。

 映画でテーマになっているのは、人間は過去と折り合いを付けて、今から先の未来を生きるという真理だ。主人公のアリエルはヨーロッパに脱出することで、自分の生活にまとわりつくすべてのしがらみを捨て去ろうとする。一方で彼の父エリアスや元歌手だった祖母は、辛い過去を克服する道を選ぶのだ。人は幼いころ、未来だけを見て生きている。過去と向き合うことで、人は大人になる。

(原題:El Abrazo partido)

2006年新春公開予定 銀座テアトルシネマ
配給:ハピネット・ピクチャーズ、アニープラネット 宣伝協力:ムヴィオラ
2003年|1時間40分|アルゼンチン、フランス、イタリア、スペイン|カラー|ビスタ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.annieplanet.co.jp/buenos/
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