風の前奏曲

2005/11/08 東宝東和試写室
実在したタイの民族楽器演奏者の自由な伝記。
演奏合戦はまるで井上梅次の世界。by K. Hattori

 タイの民族楽器ナラート(木琴のような楽器)の演奏家として19世紀末から20世紀にかけて活躍した実在の音楽家、ソーン・シラパバンレーンの生涯をもとにした音楽映画。とは言っても正確な伝記ではなく、その時代に生きた他の多くの音楽家たちのエピソードを織りまぜた、ある音楽かの一代記といったものだ。優秀な音楽家たちが王室や地元実力者の庇護を受けた19世紀末のタイ音楽の様子と、近代化を急ぐあまり民族音楽を含むタイの伝統文化を弾圧した20世紀初頭のタイの様子を対比させつつ、ソーンという音楽家の幼少期から死までを描いている。

 物語をふたつの時代で行き来させ、若い時代を回想シーンとして描くという構成はそれほど珍しくない。しかしこの映画では、その組み立てが少し雑に感じられたのが残念だ。平行して進むふたつの時代の物語が、それぞれバラバラで関連性が希薄に見える。青年時代のエピソードが晩年のエピソードにつながり、晩年のエピソードが若いころのエピソードを呼び込むという、エピソードごとの呼応関係がもっと強調されるべきではないだろうか。ふたつの時代に共通する人物も多少は出てくるのだが、主人公の夫婦関係や、親友とその息子の関係、そして何よりも音楽などをキーにして、ふたつの時代の相違点だけでなく、共通点を前面に出していく方法はあったと思う。

 映画の見せ場は若いころのソーンのエピソードに集中していて、これがとても面白い。むしろ晩年のエピソードなどすべて割愛して、この若い日々だけで1本の映画にした方がよほど面白いのではないかと思われるほどだ。映画の序盤に、競演会での遺恨から主人公の兄が殺される話が出てくる。これは当時の音楽家たちが、まさに命懸けで演奏をしていたことを物語る。楽団を組む父に弟子入りし、ナラート演奏家として頭角をあらわしていく主人公が、強力なライバルの出現で天狗鼻をへし折られる場面もすごい。ライバルのクンインが演奏すると、その激しい演奏に応えるようにして風が吹き、叩きつけるような雨が降り始める。これは一種の心象描写ではあるのだろうが、クンインは文字どおり『嵐を呼ぶ男』というわけだ。クライマックスは主人公とライバルの二度目の対決。この競演会の場面は、もう笑ってしまうぐらいのド迫力。特に演奏中のクンインの目つきがすごい。(演じているナロンリット・トーサガーが本物のナラート演奏家だ。)

 青年時代の物語は、スポ根映画などにも通じる定番のストーリーだ。才能ある若者が慢心し、強力なライバル出現により挫折を味わう。しかし周囲の取り立てや応援を受けて、彼は新しい道を模索。ついにはライバルを倒して周囲からも、そしてライバルからも祝福を受ける。この物語があまりにも強固なため、主人公の晩年を描いたエピソードが散漫に見えてしまうのだろう。物語の視点が若い弟子に移るのも、その印象を強めてしまう。

(英題:The Overture)

12月3日公開予定 銀座テアトルシネマほか全国
配給:東宝東和 宣伝・問い合わせ:楽舎
2004年|1時間46分|タイ|カラー|ビスタサイズ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://kaze.eigafan.com/
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