ある子供

2005/10/31 メディアボックス試写室
恋人に無断で生まれたての我が子を売る若い父親。
カンヌ映画祭パルムドール受賞作。by K. Hattori

 『ロゼッタ』や『息子のまなざし』のダルデンヌ兄弟最新作。『ロゼッタ』でカンヌ映画祭のパルムドールを受賞したふたりは、本作で再びパルムドールを受賞した。(パルムドールの2回受賞は、カンヌ映画祭史上5組目だという。)ここのところ現代社会における子供の問題を描いているこの兄弟監督は、今回の映画でも同じテーマを描いている。主演はダルデンヌ兄弟の『イゴールの約束』に主演していたジェレミー・レニエ。

 映画は18歳の若い母親ソニアが、生まれたばかりの赤ん坊を抱えてアパートに戻ってくる場面から始まる。しかしアパートに恋人ブリュノの姿はない。街で彼の姿を見つけたソニアは、彼に赤ん坊の顔を見せてあれこれ今後のことを相談するが、彼はどことなく上の空。そして子供の認知を役所に届けた直後、彼は知り合いのつてをたどって、自分たちの赤ん坊を非合法な人身売買組織に売り飛ばしてしまう。「子供は売った。大金が手に入った。子供はまた生めばいい」と言うブリュノの目の前でソニアは失神。ようやく事の重大さに気がついた彼だったが……。

 同じストーリーから、ヨーロッパで暗躍する人身売買組織を告発する映画も作れれば、若いカップルが子供を取り戻すまでを描いたサスペンス映画も作れそうだ。しかしこの映画は、そうしたことをしていない。人身売買組織はそれが紛れもなく存在するというリアリティを感じさせつつも、画面にははっきりと登場しない。主人公が一度売った子供を取り戻そうと心変わりすれば、子供はじつにあっけなく母親のもとに戻される。この映画が描こうとしているのはそうした大きな社会悪や事件の運びではなく、そうした社会悪や事件を無関心なまま受け入れてしまっている、現代人の荒んだ精神状態なのだ。この映画で恐ろしいのは、人身売買そのものではない。生まれたばかりの我が子を何の躊躇もなしにそうした組織に売り飛ばしてしまえる、人間の心が恐ろしいのだ。

 物語の主人公は子供を売るブリュノだが、映画は最初ソニアの視点から始まり、途中でブリュノの視点にバトンタッチする。ソニアは途中で映画から姿を消し、最後に再び登場するが、その段階ではもはや映画の主役が誰なのかは明確だ。明確な目的もなくその日暮らしで街を徘徊する子供たちの姿に、この映画はソニアという若い母親の視点を借りてアプローチする方法を選んでいる。これはなかなかスマートな方法だ。子供が産まれたことを喜び、子供の父親でもある恋人にそれを祝福してほしいと願う少女の姿に、我々は素直に共感できる。映画がいきなりブリュノの視点から始まれば、きっと観客の多くは彼の生き方に反発を感じて映画の中に入り込めなかっただろう。

 赤ん坊をためらいもなく売るブリュノの心には、ポッカリと大きな空洞がある。しかしそれは「心の闇」などという大げさなものではない。彼はただ、他人の痛みに無知なのだ。

(原題:L'Enfant)

12月公開予定 恵比寿ガーデンシネマ
配給:ビターズ・エンド 宣伝:ムヴィオラ
2005年|1時間35分|ベルギー、フランス|カラー|1:1.66|Dolby SRD
関連ホームページ:http://www.bitters.co.jp/kodomo/
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