コメディ、文芸大作、SFなど、ありとあらゆる種類の映画を撮って、新作の発表ごとに観客を驚かせるマイケル・ウィンターボトムの新作は、男と女の愛の営みを赤裸々に綴った小さな小さなラブストーリー。恋人同士のセックスというきわめてパーソナルな行為と、南極大陸の荒涼とした風景、そして数千人が集まるライブ会場。映画はこの3ヶ所を行きつ戻りつしながら、一組のカップルが愛を語り合いながら別れていく様子を描く。
恋人が睦みあうベッドの中、南極、そしてライブ会場。これらの共通点は何か? それはそこにほとんど「他人」という存在がないこと。ひとりの男性のモノローグで始まった映画は、その男性の視点ですべてが描かれ、最後はまた男性のモノローグで終わる。あらゆることが、たったひとりの人間の中で閉じているのだ。この映画はすべてが主人公の自問自答であり、すべては主人公が回想する思い出。映画の中で主人公と深い関わりを持つのは恋人の女性ひとりだけであり、彼女が映画から退場した後には、主人公ひとりだけが舞台の中央に取り残される。
タイトルの『9 Songs』というのは映画の中に挿入されるライブシーンの数だとアタリを付けて数えていたのだが、途中でよくわからなくなってしまった。まあとにかく、そのぐらいの数が入っていることは間違いない。(プレス資料の楽曲リストではライブが8曲になっているが、そうするとライブ映像に区切られたドラマ部分が「9つの歌」ということになるのだろうか。)ライブの中身はロックがほとんどだが、マイケル・ナイマンのコンサートなんてものもある。このあたりは『24アワー・パーティ・ピープル』や『ひかりのまち』といった過去のウィンターボトム作品を観ている人にはお馴染みのものだろう。全編DV撮影でざらついた映像を強調するスタイルは、『ひかりのまち』や『イン・ディス・ワールド』でも効果を上げていたが、今回の映画ではより強い印象を残す。ざらついて細部が失われたビデオ画像が、主人公の心象風景にマッチしているのだ。
ドラマ部分の多くは直接的なセックスシーンだが、これは日本での上映だと修正だらけでボケボケになってしまい、製作者たちが意図したままの映像では観ることができないのが残念。出演者もスタッフも相当の覚悟があってこれらのシーンを撮っていたはずなのに、こんなに修正されてしまうのは何だか気の毒だ。濃密な肉体的つながりを持ちながら、少しずつ心が離れていくという映画のテーマも弱くなってしまうしなぁ……。
若い男女が出会い、愛し合い、いつしか心がすれ違うようになり、別れていくという、どこにでもあるありふれた恋の風景。それをきわめてシンプルに、一人称の語りで描いたラブストーリー。本当の恋とは愛し合うふたりの人間の間に生じるのではなく、恋をした人間それぞれの心の中にだけあるのかもしれない。
(原題:9 Songs)