ビヨンドtheシー

夢見るように歌えば

2004/12/21 GAGA試写室
「マック・ザ・ナイフ」で有名な歌手ボビー・ダーリンの生涯。
ケヴィン・スペイシーが吹き替えなしで歌い踊る。by K. Hattori

 50年代後半から70年代初頭にかけて、歌手や俳優、人気司会者として活躍したエンターテイナー、ボビー・ダーリンの伝記映画。監督・製作・主演はケヴィン・スペイシー。実在の歌手の伝記映画というのは歌声に本人の録音を使うのが常套手段だが、この映画ではスペイシー本人がすべてのナンバーを歌い踊っている。僕はボビー・ダーリン本人を知らないので、スペイシーの演技がどの程度そっくりなのかは評価不能。しかしそれはそれで構わない。この映画はスター歌手のそっくり自慢ではないのだから。

 スペイシーはこの映画の中で、ボビー・ダーリンという芸名で活躍した男、ウォルデン・ロバート・カソットを演じているのだ。その役柄にリアリティがある限り、実物と似ているかどうかなど問題ではない。そのことを端的に示しているのが、この映画が必ずしもモデルとなったダーリンの生涯をなぞってはいないことだろう。映画はファンタジーであって、実物のままである必要はない。それは映画の中で何度も繰り返される主張であり、映画はその宣言通り実際の話から逸脱していく。映画は最初からダーリンの「死」を匂わせる作りとなっているが、映画はそれをあえて描かず「死」を通り過ぎていく。愛妻サンドラ・ディーとの関係も、彼女との「離婚」を描くことはない。

 もちろんこれまでに作られてきた他の伝記映画も、実話そのままというものはほとんどない。むしろありのままに描くことの方が少なかった。しかしそうなった理由のほとんどは、モデルがまだ存命中なら本人に対する配慮、モデルが故人となっている場合は周辺関係者への配慮からだし、ミュージカル映画の場合は権利関係に対する配慮が必要になる。倫理コードが生きていた時代は、それに引っかかりそうなエピソードも描けなかった。しかしこの『ビヨンドtheシー』の実話からの逸脱は、そうした配慮や遠慮とは別次元のものだろう。

 映画はボビー・ダーリン本人が、自分の伝記映画を撮影している場面から始まる。そこで撮られているのは、なんとダーリンの「死」だ。つまりここに登場は、彼自身の「死」の後に伝記映画を撮っていることになる。ここで登場するのはダーリンの少年時代を演じた少年。物語はこの少年と大人になったダーリンの掛け合いで進んでいく構成。

 現実と虚構を織り交ぜながら自伝ミュージカルを作るという発想は、ボブ・フォシーの自伝的ミュージカル『オール・ザット・ジャズ』の影響を受けている。『オール・ザット〜』でジェシカ・ラングが演じた女神(死神)が、今回の映画では少年時代のダーリンということか。『オール・ザット〜』ではまだ死んでいないボブ・フォッシーの「死」が描かれたが、本作では死んだはずのボビー・ダーリンが死なずに歌い続ける。全編にちりばめられた素晴らしいミュージカルシーン。中でもタイトルになっている「ビヨンド・ザ・シー」は最高!

(原題:Beyond the Sea)

正月第2弾公開予定 シネスイッチ銀座
配給:ギャガ・コミュニケーションズGシネマグループ
宣伝:ギャガGシネマ海 協力:メディアファクトリー
2004年|1時間58分|アメリカ、ドイツ、イギリス|カラー
関連ホームページ:http://www.gaga.ne.jp/beyondthesea/
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