故郷(ふるさと)の香り

2004/12/16 メディアボックス試写室
10年ぶりに故郷を訪ねた男が初恋の女性に再会するが……。
『山の郵便配達』のフォ・ジェンチイ監督作。by K. Hattori

 『山の郵便配達』『ションヤンの酒家(みせ)』フォ・ジェンチイ監督最新作。中国のアカデミー賞に相当する金鶏賞で最優秀作品賞と最優秀脚本賞を受賞したほか、昨年の東京国際映画祭で東京グランプリと優秀男優賞を受賞している作品だ(映画祭での上映タイトルは『暖〜ヌアン(原題)』)。『山の郵便配達』で中国山岳部で暮らす人々の生活を丁寧に描いたフォ監督は、この映画でも山間部でつましく暮らす人々の喜怒哀楽を表情豊かに描いてみせる。

 大学進学のため村を出てから一度も故郷に戻ったことのなかったジンハーは、10年ぶりに故郷の村に戻って幼なじみのヌアンに再会する。彼女はジンハーにとって初恋の相手であり、子供の頃から将来は結婚すると心に決めていた女性。だがかつては輝くばかりに美しかった彼女は、今や生活に疲れた表情で汗をぬぐう農家のオバサンになっている。ジンハーが村を出た後、隣村に嫁いで幸せに暮らしていると噂に聞いたが、今では聾唖のヤーバという男と結婚して子供もいるという。ジンハーは村を去る予定を変更して、翌日ヌアンの家を訪ねるのだが……。

 物語は10年ぶりに故郷を訪ねたジンハーが、故郷を出るまでにヌアンと共に過ごした故郷での日々を回想するという構成になっている。帰郷したジンハーの現在と、10年以上昔にさかのぼる過去が交互に描かれ、少しずつ過去の経緯と今後の成り行きが観客に伝えられていく。ヌアンの足はなぜ不自由になったのか。彼女はなぜ聾唖のヤーバと結婚したのか。ジンハーはなぜ10年も故郷に戻らなかったのか。ジンハーとヌアンは過去にどういう関係だったのか。美しかった彼女はなぜ生活に疲れたオバサンになってしまったのか。そして再会したふたりは、今後どうなるのか。

 この映画はミステリーではないが、物語の語り口はまるでミステリーそのものだ。観客の前にある謎を提示する。その謎に何となく目星がつくと、今度は次の謎が現れる。その謎が解けるとまた次の謎。その繰り返しで観客を物語の奥深くまで引っ張り込んでいく上手さ。一見平和に見える家族団らんと懐かしい訪問者の会食が、ただならぬ緊張をはらんだまま進行していくスリルとサスペンス。

 ヌアンの夫となったヤーバを香川照之が演じているのだが、中国人の俳優ふたりにはさまれて日本人俳優がひとりというこの配役が、絶妙な効果を生み出している。どんなに一生懸命になっても、決してジンハーやヌアンと同じになれないというアウトサイダーの悲しさが、「中国人俳優の中の日本人」という異物性にいよって高められているのだ。ひたむきになればなるほど、その思いが空回りしていくヤーバの孤独が切ないほど伝わってくるのだ。

 人間はいつも過去を悔いて生きている。でも人間は自分の人生を二度生きることはできない。過去に後ろ髪引かれつつ今を生きるしかない人間の宿命が、この映画のテーマだ。

(原題:暖)

1月下旬公開予定 銀座テアトルシネマ
配給:東京テアトル、ブロードメディア・スタジオ
協力:JCP 宣伝協力:コムスシフト
2003年|1時間49分|中国|カラー|ビスタサイズ|Dolby SRD
関連ホームページ:http://www.furusatono.com/
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