ザ・キーパー[監禁]

2004/12/16 TCC試写室
デニス・ホッパーがアーシア・アルジェントを監禁する映画。
ホッパーに迫力がないのはなぜ? by K. Hattori

 ジーナはアメリカ中を旅して回るストリップ・ダンサー。だがある町でモーテルに宿泊したところ、部屋に侵入した何者かに同宿中のボーイフレンドを殺され、自分も殺されそうになる。通りかかった新聞配達が彼女の悲鳴を聞きつけたことから、何とか暴漢の手を逃れることができたジーナ。だが取り調べを終えたクレブスという警部補は、彼女をバス停まで送ると偽って自宅地下室の檻に監禁する。一体何のために?

 ジーナを演じるのは『トリプルX』のアーシア・アルジェント。クレブス警部補を演じるのはデニス・ホッパー。物語は基本的にこの二人の関係の中だけで進行していく。なぜ自分が監禁されたのかわからないまま、脱出の機会を探すためクレブスに従順な振りをするジーナ。彼女をレイプするわけでもなく、虐待したり殺したりするわけでもなく、ただ逃げ出さないように監禁し続けるクレブス。やがてクレブスの言葉や行動の中から、彼の過去が徐々にあぶり出されていくのだ。

 物語の主人公は明らかにクレブスだろう。映画の中のあらゆる人物は、クレブスを通して繋がっている。クレブスに従うことで脱出の道を探ろうとするジーナ。行方不明になったジーナや頻発するストリッパーの行方不明事件を捜査する中で、少しずつクレブスの行動の外堀を埋めていく若い保安官バーンズ。クレブスの人形劇「ロック保安官」に目を付けて、彼個人にも並々ならぬ関心と欲望を寄せる、テレビ局の女性プロデューサー、ルーシー。立場の違う3人がそれぞれの方向からクレブスに接近し、その特異な人物像が映画の観客に明らかにされていくという仕組みだ。

 ところがこの映画の中心視点はなぜかクレブスではなく、彼に監禁されているジーナになっている。観客は「クレブスという男の謎を解く」ことより、「はたしてジーナは無事脱出できるのか?」という点から映画を観るはず。ここでは物語の構成上の中心点と、ストーリー運びの上での中心点がずれているのだ。ジーナ中心にストーリーを運ぶのなら、彼女についてのエピソードをもっと補強して、クレブスの過去を探ると同時に、ジーナの過去も掘り下げていくような脚本にする必要があったと思う。それができず、本来なら脇役であるはずのジーナを主役に格上げしているのが、この映画が迫力不足を生んでいる。

 クレブス宅の地下に立派な檻があらかじめ用意されていたことや、近隣でストリッパーばかりが次々消える事件が起きていることなどを考えると、クレブスの女性監禁はこれが初めてではなかったということなのだろう。しかし映画はそのあたりにあまり触れずに終わってしまう。これじゃホッパーがジョディ・フォスターを誘拐する映画『ハートに火をつけて(バックトラック)』の出来損ないみたいじゃないか。『ハートに火をつけて』は誘拐した女とホッパーが相思相愛になるが、今回は失敗したのかな……。

(原題:The Keeper)

2月5日公開予定 銀座シネパトス
配給:クリエイティブアクザ 宣伝:ダブ
2003年|1時間35分|カナダ、イギリス|カラー|ビスタサイズ
関連ホームページ:http://www.c-axa.co.jp/
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