酔画仙

2004/11/18 松竹試写室
19世紀の朝鮮の画家チャン・スンオプをチェ・ミンシクが演じる。
登場する美術品はどれも本物の迫力。by K. Hattori

 19世紀、封建的な身分制度がまかり通っていた李朝末期の朝鮮に下層階級の子供として生まれながら、天性の画才で宮廷画家にまで出世した実在の画家チャン・スンオプ(張承業)。その生涯を『風の丘を越えて〜西便制』や『春香伝』の巨匠イム・グォンテクが映画化した作品だ。

 主人公のスンオプを演じるのは『オールド・ボーイ』が公開中のチェ・ミンシク。彼の才能を見抜いて画家への道を開く手助けをする男を、アン・ソンギが演じている。酒と女をこよなく愛したスンオプを巡る女たちには、『ラブストーリー』『永遠の片思い』のソン・イェジン、韓国の人気テレビ女優ユ・ホジョン、『ディナーの後に』『四人の食卓』のキム・ヨジンなどが出演する豪華キャスト。19世紀の街並みを再現するため広大なオープンセットを作り、劇中に登場する書画を制作するため200名もの芸術家を駆り出したこの映画の総製作費は、韓国映画としては破格の60億ウォン。オープンセットは映画撮影後も残して、テーマパークのようになっているという。

 映画は既に大家となったチャン・スンオプを日本の新聞記者が訪ね、彼が貧しく卑しい身分から画壇の最高位にまで出世した経緯を取材するところから始まる。ここから物語は回想シーンになり、朝鮮近代史の重要事件を織り込みながらスンオプの最晩年までを時系列に描いていく。映画の冒頭に回想シーンを持ってきたのは、これによって物語に勢いを付ける効果もあるが、それよりも、この冒頭のエピソードが映画全体を象徴しているからでもあるのだろう。

 映画冒頭のチャン・スンオプは、おそらく全生涯の中でもっとも安定した生活を送っていた頃だろう。貧しい身分の出であるスンオプにとって、この時期が出世のピーク。(芸術家としての高みというのは、また別の次元の話だ。)ここに日本人が登場してくることで、映画のもうひとつのテーマである朝鮮近代史における対日関係というものが提示されるし、スンオプの芸術が朝鮮国内だけでなく海外にまで広がる普遍的価値を持っていることが明らかにされている。映画はまさに、この冒頭のシーンから始めなければならないのだ。

 チャン・スンオプという画家の実像にはわからないことが多いそうで、この映画に描かれたチャン・スンオプ像にはイム・グォンテク監督の思い描く芸術家の理想像があるのではないだろうか。徹底的に基礎を学んだ後に模倣を脱して自分のスタイルを確立し、さらにその後も次々にスタイルを変えて自分の芸術を理想とする高みへと押し上げていく。宮廷画家としての栄耀栄華よりも、自分の芸術のためあえて放浪の生活を選び取り、最後は浮浪者同然の姿になりながらも己の芸術に打ち込むスンオプ。枯れきった境地に至るその姿に、イム監督は心から憧れているように思えて仕方がない。枯淡の内に熱い情熱を秘めるその姿に、僕もちょっと憧れてしまう。

(原題:Chihawseon)

12月18日公開予定 岩波ホール
配給:エスパース・サロウ
2002年|1時間59分|韓国|カラー|ビスタサイズ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.espace-sarou.co.jp/suigasen/main.htm
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