大統領の理髪師

2004/10/28 ヴァージンシネマズ六本木ヒルズ5
韓国の朴正煕大統領時代を庶民の視点から描くコメディ映画。
新人監督の映画とは思えない仕上がり。by K. Hattori

 1960年代から1970年代末まで、およそ20年にわたり韓国の独裁者として君臨し続けた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領。クーデターに始まり暗殺に終わったその政権の一部始終を、たまたま大統領専用の理髪師となった男の視点を通して描いた実録政治コメディ映画。主人公の理髪師ソン・ハンモを演じるのは、『JSA』や『殺人の追憶』のソン・ガンホ。妻のキム・ミンジャを『オアシス』『浮気な家族』のムン・ソリが演じている。監督・脚本はこれがデビュー作だというイム・チャンサン。新人のイム監督はムン・ソリに出演依頼できず、主演のソン・ガンホを通じて彼女に脚本を手渡したというが、完成した映画は新人離れした完成度になっている。

 物語の舞台は韓国の大統領官邸・青瓦台がある孝子洞の町。大統領を韓国人の誰よりも身近に感じている町の人々は、盲目的で無批判な政権与党支持者となっている。熱烈な支持ゆえに、時には現職大統領の不正選挙に協力したりすら厭わない。しかしそれもこれも、格別の政治性や思想性があるわけではないのだ。町民たちは熱心に政治を語るくせに、その内容はノンポリそのもの。ところがそんな町民の典型とも言える理髪師ソン・ハンモが、ふとした巡り合わせで毎週大統領の髪を刈る理髪師に選ばれた。ソンは政治の裏事情を、つぶさに目撃する立場になってしまったのだが……。

 韓国の現代史が劇中で大きく扱われているが、その実情や一般的な評価というものがよくわからないので、おそらく韓国人ならクスクス笑えるのであろう部分で笑えない。北朝鮮の工作員がソウルの夜景を眼下に見ながら下痢をして……というくだりなどは、同じ事件を扱った『シルミド』を観ていたから「なるほど」と思えるのであって、そうした予備知識なしにはまるで笑えないだろう。学生のデモ行進の中を、リアカーを押しながら(引っ張らずに押している!)右往左往するドタバタシーンにせよ、スパイ容疑で息子を含めた近所の人々が捕らえられるエピソードにせよ、ギャグで事件を突き放し、相対化し、それを笑いに転じさせようとする手法はわかるのだが、そもそももとになった事件がよくわからないと、その「落差」を笑い飛ばすことができないのだ。

 ただしそうしたことを差し引いても、これはいい映画だと思う。父親を中心とした家族の物語は、彼の国の政治状況など知らない日本人にも十分に伝わるだろう。愚かで無知であっても、家族のために精一杯誠実に、一所懸命に生きようとした父親を、観客は笑いながらどんどん好きになる。息子の父親に向ける愛情をうらやましくも思う。悪くなった息子の脚が大統領の死と同時に癒されるというエピソードがあるが、そこに込められた政治的な寓意をあれこれ詮索する必要などないのだ。そこにある大らかな親子の愛の交流こそが、この映画の一番のテーマだと思う。

(原題:孝子洞理髪師)

第17回東京国際映画祭コンペティション正式出品作品
新春公開予定 Bunkamuraル・シネマ
配給:アルバドロス
2004年|1時間56分|韓国|カラー|ビスタサイズ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.albatros-film.com/
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