誰も知らない

2004/09/06 錦糸町シネマ8楽天地シネマ3
主演の柳楽優弥がカンヌ映画祭で最優秀主演男優賞を受賞。
映画終盤で見せる彼の眼差しが素晴らしい。by K. Hattori

 1988年に東京の巣鴨で起きた子供置き去り事件の映画化だが、事件をそのまま映画化した実録作品ではない。物語の舞台はモノレールが見える東京臨海部に移されているし、時代も現代になっているようだ。登場する子供たちの年齢なども事件とは微妙に違うし、事件の細部もオリジナルのものが多い。監督は『ワンダフルライフ』や『DISTANCE/ディスタンス』の是枝裕和。『ディスタンス』でオウム事件の加害者家族をモデルに「犯罪と社会と家族と生と死」を描いた是枝監督にとって、今回の映画はその延長上にあるモチーフなのかもしれない。だがその描き方は『ディスタンス』に比べるとずっと洗練され、この監督にとっても最高の作品に仕上がっていると思う。(『幻の光』は未見ですが。)

 この映画はそれぞれのシーンで演技や演出に即興を取り入れているらしいのだが、映画全体の構成はしっかりとしたものだ。それは映画の冒頭、夜のモノレールで古ぼけたスーツケースを運ぶ場面から一貫している。じっと前を見つめながら、すり切れたスーツケースの角を愛おしそうに撫でている少年。これが映画の主人公・明だ。夜のモノレールという印象的な風景は、この後も映画の中盤と終盤に登場する。このモノレールの場面が、単調になりそうな物語の中に鋭いくさびとなって突き刺さる。このモノレールを登場させるためにも、映画の舞台は実際の事件があった巣鴨から、東京臨海部に移動しなければならなかったかのようだ。

 映画はおそらくストーリーに合わせて、頭から順撮りしているのだろう。(冒頭シーンは例外。)母子が引越を済ませてからの家族の日常シーンなどは、まだ芝居の段取りが優先して、しっくり見えない部分も多く残っている気がする。だが母が姿を消したあたりから、映画はどんどん良くなってくる。外出を禁じられていた子供たちがベランダから近所の公園などに出かけるようになってからは、どの子供も生き生きと伸びやかな存在感を発揮し始める。ひとりひとりの個性が際立って、それぞれが愛おしい存在になってくる。それだけに、突然に、しかし、必然的に起きる悲劇には胸が痛くなる。

 映画は「妹の死」という実際の事件でも起きた出来事を通過して、ひとりの少年が大人の男へと成長していくドラマへと変貌する。明は子供の時代に決別し、一家を養う一人前の男として振る舞うようになるのだ。じっと前を見つめる明の視線は、もう二度と後ろを振り向かない。最初で最後の野球の試合が、明にとって最後の「子供の時間」だったのだ。母から送られてきた久しぶりの現金書留が、大人にならねばと決意する明の気持ちを後押しする小道具になるという演出は見事だ。

 新しい家族を加えて子供ばかり4人の家族になった明たちが、街の中に消えていくラストカット。最後にほんの少し、一番小さな茂が後ろを振り向くストップモーションが泣かせる。

8月7日公開予定 シネカノン有楽町、渋谷シネ・アミューズ他・全国洋画系
配給:シネカノン
2004年|2時間21分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.daremoshiranai.com/
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