クレールの刺繍

2004/06/18 パシフィコ横浜
妊娠した少女が町で一番の刺繍職人に弟子入りするが……。
いい映画だが印象が地味すぎる。by K. Hattori

 スーパーでレジ打ちの仕事をしていた17歳のクレールは、不注意から望まぬ妊娠をしてしまった。フランスには妊娠した女性が子供を養育できない場合、妊婦が出産した事実を隠したまま、生まれた子供をすぐ里子に出す「匿名出産」という制度がある。クレールはこの制度を利用することに決めるのだが、お腹が大きくなってくることだけは隠しようがないため、病気という理由を付けて職場を辞めてしまった。彼女は得意としている刺繍の腕で生計を立てようと決意し、町で一番の刺繍職人メリキアン夫人のアトリエを訪ねる。夫人はつい最近事故で息子を亡くしたばかりで、クレールに対する態度もよそよそしいものだったが、やがて少しずつ彼女の存在を認めるようになる。

 クレールを演じるのは『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』に出演していたローラ・ネマルク。刺繍職人のメリキアン夫人を演じるのは『マルセイユの恋』のアリアンヌ・アスカリッド。物語の登場人物はほぼこのふたりに限定されている。監督・脚本はこれがデビュー作となるエレオノール・フォーシェ。

 主人公はこれから子供を産もうとする若い女と、たったひとりの息子を失った中年の女性。若い女は生まれた子供を世話することなく手放すつもりであり、中年の女は手塩にかけて育てた子供を事故で失っている。対称的なふたりの女が少しずつ接近し、最後は手を取り合っていくドラマ。ヒロインのクレールは映画の最後になって、子供を自分で育ててみようと決意する。そこに至るまでの心の動きを、映画は丁寧に追いかけていく。

 ストーリーとしてはきわめて地味だ。クレールが妊娠に至った理由も、バイクでの死亡事故も、クレールがやがて迎えるはずの出産も、ファッション業界への華々しいデビューも、この映画からは排除されている。普通の映画ならドラマの核とするような重要なエピソードだろうに、この映画はそれをあえて、観客の目の届かないところに置いているのだ。水面に石を放り投げれば、そこには波紋ができる。この映画はその「波紋」だけを描き、「石」については描かないという方法を採っている。映画は重要なエピソードの「後」と「前」だけを描いている。トピックそのものではなく、ひとつのトピックから次のトピックへと移ろう時間を描いている。

 少しずつ大きくなっていくクレールのお腹や、バイク事故で大けがを負った青年の傷が癒えていく様子を通して、時間の流れを間接的に描く手法。大きくなるお腹はクレールの心の中でこれまでになかった新しい感情が育まれていくことを象徴し、青年の傷が癒やされる様子は、息子を失ったメリキアン夫人の心が癒されていくことを象徴している。わかりやすいシンボル化だ。

 温かみのあるいい映画だとは思うが、この素材にわざわざ1時間半かける必要があるのかは疑問。1時間未満の中短編でもできそうな話だ。

(原題:Brodeuses)

6月18日上映 パシフィコ横浜
第12回フランス映画祭横浜2004
配給:シネカノン
2004年|1時間28分|フランス|カラー|ドルビー
関連ホームページ:http://www.unifrance.jp/yokohama/
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